経営者インタビュー第4回



河野玉吉 氏
  (株)河野塗装店 代表取締役 河野 玉吉 氏
Profile
河野玉吉(こうの・たまきち)
(旧氏名:河野敬輔(こうの・けいすけ))
1940年,東京生まれ。
64年に慶應義塾大学法学部法律科を卒業後,日本油脂(株)に入社,塗料を学ぶ。66年,家業の(株)河野塗装店に専務取締役として入社。73年に前代表取締役であった父・2代目河野玉吉が急逝,同年2月にその名を正式に襲名し,3代目河野玉吉となり代表取締役に就任,現在に至る。97年,建設大臣表彰。現在,(社)日本塗装工業会副会長,東京都塗装工業協同組合理事を務める。





「今の仕事は次の仕事の下塗り」

西野
 河野塗装店さんの創業は,いつになられるんですか。
 
河野
 創業は明治38年5月ですから,96年になります。祖父が創業者で,2代目社長が父,そして私は3代目になります。あっ,祖母がやっていたときもあるので,4代目になるのかな(笑)。
 祖父は若いときに亡くなった方でしたので,私は父親の姿を見て育ちました。父は,塗装業界の中にあって,刷毛を持たない経営者のはしりだったのではないかと思います。
 
西野
 お父様を見ていらして,強く印象に残ったことはありますか。
 
河野
 父が常々,言っていたのは,「今の仕事は次の仕事の下塗りだ」ということですね。要は,仕事を大事にしなさいということなんですけど,これは社員に常に言っていましたね。
 
西野
 そういったことを受け継がれているんですね。河野社長は,いつごろ業界にお入りになったのですか。
 
河野
 教育をされたわけではないのですが,小さいころから「ペンキ屋さんになるんだ」とは言っていたようですね(笑)。
 昭和39年に慶應大学を卒業してから,日本油脂という塗料メーカーに入りました。大学を卒業しても,すぐには使いものにならないと思ったので,2年ほど修行に行き,塗料をつくる勉強をしてきたんです。
 
西野
 お父様が働いている姿を見て,格好いいと思われたところもあったのではないですか。
 
河野
 父は日本塗装工業会(日塗装)の5代目の会長も務めていましたし,そういう業界的な働きとかを見ていたのかもしれません。でも,父の姿を見て,この業界にあこがれたりとかはしませんでしたよ(笑)。
 
西野
 河野塗装店さんのセールスポイントは,どんなところですか。
 
河野
 社是は「誠実」ですね。やはり父から聞いていた,「今の仕事は次の仕事の下塗り」という,その思想は受け継いでやっているつもりです。このことについては,社員に徹底しています。
 うちは各お得意先別に担当者を2名ペアで決めています。みんな刷毛を持って現場で仕事をしていました。私たちの仕事は,休日にお客様の室内を塗装することが多く,お正月と夏休み以外は,会社全体では休めないんですね。だからこそ,現場経験のある社員が2人ペアで動き,例えば1人が休暇をとっている時でも「担当者が不在」といったことがないように社内体制を整えていることは,弊社の強みであると言えると思います。

Profile
西野嘉良子(にしの・かよこ)
日本女子大学人間社会学部卒業後,札幌テレビ放送株式会社に入社。2000年10月に同社を退社後,フリーとなる。BS JAPAN,NHKラジオなどで番組を担当。
西野嘉良子さん

リフォームの資格制度の確立を!

西野
 リフォーム市場が注目されていますが,これについてはどう思われますか。
 
河野
 これからはストックの時代で,リニューアルが進んでいくであろうし,その市場はすごく大きなものがありますよね。ただ,それでいたずらに仕事量をとるということではなく,いい仕事をしていれば自然と顧客の拡大につながっていくという姿勢でやっていかないと,塗装の存在価値がなくなってしまうと思うんです。やはり,誠実な仕事をするということで会社の存在価値も出てくるし,社会の役に立とうという姿勢がなければならないと思います。いい仕事をして,お客様に喜んでいただくことが一番の喜びですね。
 
西野
 そうですね。お客さんに感謝の言葉をかけられたりすると,張りも出てきますしね。
 ただ,リフォーム市場は注目されているだけに,参入してくる企業も多いと思うのですが,そうなりますと,顧客の確保とか,いろいろ大変なことが多いのではないですか。
 
河野
 そうですね。昔はリフォームなどはやっていなかったゼネコンさんや,商社なども参入してきていますしね。だからといって,価格だけの競争はしたくないですね。
 
西野
 では,顧客を新規開拓していくにあたって,営業面などで工夫していることはありますか。
 
河野
 のんびりしているというか,新規開拓にはあまり神経がいってなくて,昔からのお客様を大切にしていこうと思っています。
 
西野
 それは,これまでの仕事ぶりが評価されて,いいお客様がしっかりついていらっしゃるということですよね。
 それでは,リフォームについて,法制度といいますか,何か資格を設けてほしいとか,そういう要望はありませんか。
 
河野
 いま業界で,「建築仕上げ改修施工管理技術者」という資格制度をつくり,研修・講習会を行っています。これはまだ民間資格ですけれども,資格取得者を増やして実績をつくり,国家資格として認められるようにがんばっています。そういう資格を取得した専門家が,リフォームの仕事をするのがいいのではないでしょうか。
 
西野
 そういう資格を持っている方がいれば,安心して仕事をお願いすることができますね。
 
河野
 日塗装では,昨年からリフォームの戸建市場を開拓することと,塗装のイメージアップを目的に,「ペインテナンスキャンペーン」を始めました。「ペインテナンス」とは,お客様の家を「塗装」(Painting)して「維持」(Maintenance)していくための塗り替え工事のことで,会員企業が仕上げたものについて,日塗装が「品質保証書」を発行しています。工事中には,日塗装認定の「インスペクター」による工程毎の検査が義務付けられていて,適切な工程管理が行われているんですよ。
 このペインテナンスキャンペーンは,昨年に引き続き2回目の開催となり,今年は5月から11月までやっていますが,これも,ただいたずらに受注件数を増やそうということではなくて,やはり責任の持てる良い仕事をしようということを,全会員が目指しています。
 
西野
 これからは,建設市場のほうもインターネットを活用した時代になっていくと思うのですが,IT化についてはどのような対応をしていますか。
 
河野
 国土交通省を中心として,公共工事も電子入札に全面的にシフトする方向にあるし,民間においては,数年前より見積り業務に,最近では電子入札も行われており,弊社も取り組んでいます。これからの時代は,仕事を行っていくうえで,企業のIT化は必須の条件となっていくでしょう。
 また,IT化とは異なりますが,必須といえば,ISOもその一つに挙げられると思います。弊社も遅まきながら,ISO9002の認証取得に向けて,現在活動を行っています。
 
お客様への的確な対応が信用獲得につながる

西野
 今後,生き残っていくために,どんなことが必要であるとお考えですか。
 
河野
 日塗装では,2代前の会長のときから,これからは塗装単体だけでなく,その周辺技術として簡単なメンテナンスの技術も身につけて,総合仕上げ業を目指そうということを言っています。
 しかし,会員全員が総合仕上げ業に向いているかというと,やはり向き不向きがあると思います。
 
西野
 河野塗装店では,そういう取り組みをなさっていますか。
 
河野
 まだ,特にはしていません。そういう部分については,知り合いの工務店と協力してやっていく形をとっているので,今のところ自社の中にそういうセクションは設けていません。今後については,とりあえず景気が良くなってきたら考えます(笑)。
 
西野
 社員教育に関してお伺いしたいのですが,特に指導をなさっている点はありますか。
 
河野
 塗装の仕事については,新入社員は企業内訓練校に2年間通わせて,仕事を覚えてもらい,それから現場に行かせるようにしています。あと,技術講習会とか研修会には,積極的に参加させています。
 社内的には月に1回会議を開き,仕事の現状の把握だとか,その他の連絡を行い社員間の意思疎通を図り,また月2回の職長連絡会も行っています。
 
西野
 塗装のお仕事の場合,マンションなどの外壁を塗りかえるときなどに,住人の方がいらっしゃるところで仕事をしなければならない場合もあると思うのですが,そういう面での指導は特に何かされていますか。
 
河野
 やはり集合住宅やマンションの場合は,自分たちの事故を防ぐのはもちろんですが,まずはお客様,そしてそこに出入りする方にも迷惑をかけないように,十分注意するように周知しています。また,当然,お客様にも,工程についてはご説明させていただいています。そういう作業がきちんとできないと,次から仕事がいただけなくなりますね。
 また,塗装の仕事はお客様の目に直接触れるものですから,作業の中身はわからなくても,仕事の良し悪しは誰の目から見てもわかりますので,十分に注意して取り組んでいます。
 
西野
 そういった意味では,かなり勉強になりますね。
 
河野
 そうですね。そういうことの積み重ねが,信用になっていくのだろうし,仕事が増える要因にもなると思います。
 
西野
 もちろん,高い技術も必要なのでしょうけど,職人さんの人柄とかも重要になってきますよね。
 
河野
 大体,職人さんというのはぶっきらぼうな人が多いんだけど,お客様へのあいさつは,きちっとするように指導しています。
 
西野
 これからは建設投資も減少傾向にありますが,河野塗装店さんとしては,どういった対応をしていきますか。
 
河野
 やはり,リフォーム・リニューアルの部分に力を入れていくことになると思います。
 うちの会社は施主から直接受注する仕事が多いのですが,官公庁関係の仕事や建設会社さんから発注される仕事も行っています。以前の建築ブームのころは,新築の高層ビルなど建設会社さんの仕事も多かったんですけれども,今はかなり少なくなりましたね。

高齢化問題と若手の育成

西野
 今度は塗装業界についてお伺いしたいのですが,いま業界が抱えている問題点には,どんなことがありますか。
 
河野
 やはり技能士の高齢化ですね。ほかの業種に比べて,塗装業には比較的若い人が入ってきているのですが,それでも高齢化の問題は避けられない。そうなると,若い人の技術・技能の育成の問題も出てきます。
 それと同時に,技能士の地位向上の問題についても,建設産業専門団体協議会(建専協)を中心に取り組んでいます。
 
西野
 若い方に入ってもらうためには,どのようにしていけばいいと考えていらっしゃいますか。
 
河野
 福利厚生面を充実させたり,ある程度の年収が見込める状況にならないと,いくら来てくださいと言っても来てはもらえないですね。いわゆる“3K”はなくなってきましたが,それでも体は汚れるし,危険なこともあるでしょう。ただ,それほどきつい作業ではないと思います。そうなると,やはり年収などで報いるようにしないとだめなのではないでしょうか。
 
西野
 でも,その道のプロフェッショナルというのは,本当にやり甲斐のある仕事だと思うのですが。
 
河野
 そうですね。よく変わり塗り,大理石や木目(もくめ)書きなんかやっていますと,若い人が「うまいな,僕もやってみたいな」とか言いながら,座り込んで見ていることもありますね。塗装の仕事の中で,きちっと平らに塗るのは簡単なようで難しいですし,その中でも石の模様や木の目などを書くような仕事は,注目を集めますね。
 
西野
 あこがれますよね。
 
河野
 やっぱり,塗装できれいにすることが我々の使命だし,楽しみなんでしょうね。
 
西野
 そういったお仕事があることもPRすれば,もっと塗装の仕事に就こうという人も増えるでしょうね。
 
河野
 塗装というのは,塗装工学といいますか,まだ学問にはなっていないんですね。日本に塗装が入ってきたのは,日本に黒船が来たのと同じぐらいですから,せいぜい200年ぐらいの歴史しかありません。従来は漆(うるし)とか柿渋を塗っていた職人が,西洋の塗料を使い始めて塗装屋になったんですね。
 今の日塗装の大澤会長が,そうした近代塗装史とか,いろいろなものをお書きになっていて,かなりPRしていただいています。ですから,学問的に確立できるものであれば,そうなってほしいと思います。職業訓練校や職業訓練大学の中に塗装科という科目もありますし,期待しています。

今後の業界の展望

西野
 それでは,今後の業界の展望についてはいかがお考えですか。
 
河野
 先ほども申し上げましたように,塗装業者は,総合仕上げ業者と塗装専門業者の2つに分かれると思います。改修工事の大きな現場を抱えたときなどは,例えば欠けたモルタルを補修するとか,そういうところまでやらなければならないだろうから,本当に塗装の仕事しかやらない企業と,総合仕上げ業となる企業と,二極化すると思います。
 ただ,どちらにしても,塗装の使命は被塗物の保護,延命,そして環境の美化なのではないでしょうか。塗り替えられることによって美しくよみがえった建造物は,財産的付加価値が増大し,あわせて明るく彩られた街並みを創造します。
 近年は,いろいろな機能を持った塗料が開発されていて,例を挙げると,防(汚・腐・カビ・錆・湿・虫),遮(熱・音),蓄光塗料(病院の手術室の壁面に塗装しておくと,停電中でも手術が可能となる)などのほか,最近では環境対応型塗料として,光触媒を使用した防汚染塗料などもあります。意匠の面でも,従来の塗料とは異なる,様々な模様を創り出す高意匠性塗料があります。
 このような新技術・新工法・新意匠を駆使して,社会に貢献できる業界として責任を果していきたいと考えています。


家族的な会社にしたい

西野
 続いて河野社長ご自身のお話をお伺いしたいのですが,社長という立場は,やり甲斐がある反面,大変なこともたくさんあると思うのですが,何かモットーとされていることはありますか。
 
河野
 よく冗談で,経営者ではなく最終危険負担者だって言ってますが(笑)。私は浅草という下町で生まれ育ったものですから,やはり機械的ではなく,家族的な会社にしたいですね。社員にもみんな,分け隔てなく接して,会社の中もいい雰囲気だと思っています。よく冗談も言いますし,仕事の話だけでなく,それ以外の相談事なんかもありますよ。
 
西野
 プライベートな相談を社長にするということは,なかなかできないと思うのですが,それはかなり社員の方に信頼されている証拠ですね。
 
河野
 どうなんでしょう。話しやすいのか,なめられているのか,よくわからないですね(笑)。
 
西野
 では,社長という立場から離れて,1人の人間として,何か大切にしていることはありますか。
 
河野
 とにかくウソは嫌いですね。子どもを育てていく過程の中でも,ウソをつくことはいけないことだと,常に言い聞かせてきましたね。
 かなりスパルタおやじだったから,子どもがウソをついたときは,ほっぺたに手あとがつくぐらい叩いてましたね。その後はお尻にかえましたが……。(笑)

 
西野
 奥様はどういった方なんですか。
 
河野
 戦前は家内のうちも塗装店をしていて,父親同士が友人だったんですよ。戦後になって町場の工務店を経営していました。そういう関係で,あの家に娘がいる,こっちには伜がいる,ということで,ある人が結んでくれて。まぁ,縁があったんでしょうね。
 
西野
 奥様のおうちも塗装店,そして工務店をやっていらしたということは,このお仕事のことも,いろいろご存じだったんですね。
 
河野
 そうですね。工務店では大工さんやいろいろな職方さんを使っているから,職人の持っている独特の感覚というか,そういうものは知っていましたね。
 
西野
 では,奥様としては最高の方だったんですね。
 
河野
 どうなのかな(笑)。でも,仕事には理解があったし,子どものことも,ほとんど家内に任せてましたね。
 
西野
 お子さんは何人いらっしゃるんですか。
 
河野
 3人いて,みんな男です。今はうちの会社で一緒に働いています。ゆくゆくは,会社を任せたいと思っています。
 
西野
 休日とかは,ご家族でご一緒にお出かけになることとかありますか。
 
河野
 子どもが小さいときは旅行したりしましたけど,今はときどき食事に行くぐらいですね。
 
西野
 どういった話を普段はなさるんですか。
 
河野
 取り留めのない話しかしませんよ。今は子どもたちが熱心に仕事に打ち込んでいるので,自然と仕事の話が多いですね。でも,私は家には仕事の話を持ち帰らないほうだったから,いま子どもたちが家に仕事の話を持ち込んで,ちょっとストレスがたまるんですよ(笑)。
 
神輿担ぎは無料の人間ドック
 
西野
 河野社長のご趣味は何ですか。
 
河野
 私の趣味は,野球観戦,それから野球をするのも好きですね。寄る年波で,8年ぐらい前に自分でやるのはやめましたけど,それまでは早朝野球とかやってましたよ。観るほうは,もう根っからのジャイアンツファンですよ(笑)。やっぱり,下町はそうですよね。
 
西野
 そうですね。東京はジャイアンツファンの方が多いですよね。そのほか,ご自分でやられるスポーツはありますか。
 
河野
 やっぱりゴルフですね。始めてもう30年以上経ちます。一度ホールインワンをやったこともあるんですけど,入ったところが自分には見えなくって,一緒に回っている人に「入ったよ」って言われても,信じられませんでしたね。だから,今度は見えるホールインワンをやってみたいですね(笑)。
 
西野
 仕事でもプライベートでも,河野社長が頑張る源になっているものは何ですか。
 
河野
 やっぱり家族ですね。幸い子どもたちも家業を継いでくれるようだし,家族があってこそ,働けるんだと思います。家庭がしっかりしていないと,外でしっかり働けないですよね。
 
 
西野
 最後になりますが,これから何か挑戦したいこと,夢などはありますか。
 
河野
 浅草には三社祭という有名なお祭りがあるのですが,その神輿を何歳まで担げるのか,挑戦したいですね。私としては,無料の人間ドックだと思っているんですよ。物心ついてから,不幸があったとき以外は,ずっと担いできました。今年の三社祭のときは,町会の青年部にお願いして,神輿の先棒を親子4人で担いだりね。これが,毎年の楽しみになっています。 
 

 


HOME