知っておきたい電子入札・電子納品ABC
第3回 電子納品について―現状と展望
 設計図面や工事打ち合わせ記録などの工事完成図書を電子データで納入する電子納品制度が導入されて1年が経過した。2001年4月に電子納品が本格スタートした時点では,適用対象工事も限られ,電子データの標準をまとめた要領・基準も十分に揃っていなかったが,この1年で大幅に充実。2年後の2004年4月には全ての直轄工事で電子納品を導入するための準備は着々と進んでいる。さらに,国土交通省では直轄工事へのCALS/EC導入後をにらんで,早くも今年度(2002年度)から次世代ビジョンの策定作業にも着手。電子納品された成果物を最大限に活用して,公共施設の「完全なライフサイクルサポート」の実現をめざす。電子納品への対応は今後ますます重要になることは間違いない。

急速に進む建設業界のIT化

◎電子納品
 調査,設計,工事などの各業務段階の最終成果を電子データで納品すること。電子データとは,各電子納品要領(案)に示されたファイルフォーマットに基づいて電子化された資料・情報を指す。

◎電子納品・保管管理システム

 電子納品された成果物を保管管理するために国土交通省が開発したシステム。このシステムの一部機能で,CD-ROMなどに納められた電子成果物の管理ファイル(XMLファイル),ファイル名,フォルダ名などが「土木設計業務等の電子納品要領(案)」または「工事完成図書の電子納品要領(案)」に従っているか否かを確認できるチェックシステムは一般に無償で提供されている。

 ここ2〜3年,建設分野でのIT化の進展には,目を見張るものがある。パーソナルコンピューターの低価格化によって1人1台の利用環境を実現する建設業者が一気に広がるとともに,インターネット利用も当たり前という環境が整ってきた。
 もちろん,国土交通省が96年に「CALS/EC」(日本語名称・公共事業支援統合情報システム)の基本構想を策定。建設業界のIT化を積極的に推進してきたことも大きく影響しているが,建設現場でパソコンとネットワーク,さらにデジタルカメラも含めてITを手軽に利用できるようになったことの意義は大きい。
 これまで建設分野では,大手ゼネコンなどでは早くからCAD(コンピューター支援設計)などのコンピューターシステムを利用してきたが,中小の設計事務所や専門工事会社まではなかなか普及していなかった。このため,ゼネコンがいくら設計図や受発注記録など建設データのデジタル化(電子データ化)を進めても,途中の工程で紙に書かれたアナログデータが入り込んでしまい,工事全体で見ると,デジタル化のメリットを十分に発揮できなかったと言える。
 しかし,専門工事業者も含めて建設工事の関係者全てがコンピューターを利用するようになると状況は一変する。全ての建設データがデジタル化され,建設プロジェクトの企画・設計段階から施工段階まで情報がスムーズに流れる仕組みが構築されるからだ。データの共有化が進み,加工や再利用も格段にしやすくなる。
 昔から“段取り”が最も重要視されている建設分野だけに,情報のデジタル化効果は予想以上に大きい。


建設生産システムの効率化

 建設生産の面でデジタル化の効果が顕著に表れ始めているのが,「総合図」の作成だろう。ご存知のように総合図は,建物の躯体部分を書き入れた基本図面の上から,設備や内装などの図面を重ね合わせて,建設プロジェクトの全体を見通すことのできる図面。設計事務所,ゼネコン,専門工事業者が,総合図の上で検討を行いながら作業を進めていくことが,建設プロジェクトを効率的に進める重要なポイントだと言われている。
 アナログ時代は,総合図の作成が非常に面倒だった。設計事務所が作成した原図を,ゼネコンや専門工事業者に順番に回して必要な図面を書き加えていくのに時間もかかった。もし原図に変更や修正が発生すれば,また同じように図面を回さなければならない。
 しかし,設計事務所から専門工事業者までデジタル化が進むと,総合図作成の効率は飛躍的にアップする。設計事務所がCADで作成した原図は,ネットワークを通じて同時にゼネコンや専門工事会社のCADに送付でき,専門工事会社などで作成した複数のCAD図面を原図に重ね合わせることも簡単だ。
 ある大手設計事務所では,図面のデジタル化によって総合図の作成期間が,従来1か月以上かかっていたものを10日間程度に短縮できたという。まさに,全ての工程で図面のデジタル化が実現しなければ得られない効果である。
 総合図の作成が容易になったことで,大手ゼネコンを中心に建設工事のプロジェクト管理を全て総合図の上で行う体制へ移行し始めているところも出てきている。総合図という共通基盤の上で,情報を共有化し,VE(バリュー・エンジニアリング=価値工学)など知恵も出し合える環境が生まれようとしているのだ。

活性化し始めたFM分野


 建設情報のデジタル化によって,ようやく花を開こうとしている分野がある。施設の保守・管理から運用までを効率的に行うFM(ファシリティ・マネジメント=施設管理)だ。
 マスコミ的にFMが注目されたのは,バブルが崩壊した直後の90年代初めのこと。既存ストックの有効活用という考え方も,ようやく芽生え始めていたころだ。
 国土交通省でも,FMの普及に向けてファシリティマネジャーの資格制度を創設するなど積極的に支援してきたが,日本ではなかなか浸透してこなかった。施設管理者がFMを導入しようとしても,施設管理用データベースを改めて構築する必要があるなど導入のハードルが高いからだ。
 本来なら,対象施設の工事完成図書が,FM用のデータベースに再利用できれば,スムーズにFMへと移行できるのだが,残念ながら工事完成図書はこれまでほとんどアナログデータとして保存されているだけ。再利用するのに手間がかかりすぎた。 
 しかし,建設工事の情報が全てデジタル化され,工事完成図書もCD-ROMなどに焼き付けて納品されれば,問題は一気に解決する。すでに,民間工事ではFM用に再利用しやすいように工事完成図書をデジタル化して提供するサービスを数年前から導入している企業も出始めている。
 わが国の建設市場もストック時代に突入するなかで,建設データのデジタル化対応は避けては通れないテーマとなりつつある。

公共工事のデジタル化

 
 国土交通省が進めている電子納品とは,まさに「公共工事の分野でも建設データのデジタル化を実現する」ということに他ならない。
 電子納品の定義では,「調査,設計,工事などの各業務段階の“最終成果”を電子データで納品すること」とされているが,途中段階をアナログデータで運用し,最終成果だけをデジタル化しようとは誰も考えないだろう。最終成果を電子納品するとなれば,全ての工程のデジタル化が進むのは間違いない。
 国土交通省では,電子納品という制度を導入することで,建設現場のデジタル化が促進され,将来的にはITを活用した建設生産システムへと移行すると考えているはずである。
 ただ,国土交通省では当初,電子納品による効果については次の3つを挙げるに止めてきた。
 1)資料授受が容易となり,保管場所の削減が可能になる。(省スペース・省資源化)
 2)情報検索が迅速化されるとともに,データの再利用が容易となる。(業務の効率化)
 3)データ共有による伝達ミスの軽減が図られる。(品質の向上)
 ここでは,まだ電子納品によってデジタル化された情報を,具体的にどのように活用していくかは明示していない。まずは,情報をデジタル化する環境の整備を優先してきたわけだ。


電子データの標準化

 電子納品で最も重要なのは,電子データの標準化である。
 もし,工事完成図面が互換性のないバラバラのCADシステムで作成されて納入されたら,発注者はあらゆる種類のCADシステムを用意しなければならなくなってしまう。コストも手間もかかるだけでなく,電子納品の目的のひとつであるデータ共有化も困難だ。電子データは,標準化されて初めて利用価値を発揮するのである。
 国土交通省は,2001年4月の電子納品の本格導入に合わせて標準づくりに力を注いできた。標準類は,「要領・基準」という形でまとめられ,改訂・見直し作業も活発に行われている。
 まず99年8月に「デジタル写真管理情報基準(案)」=(1)を策定。2001年3月には,電子納品のスタートに合わせて「土木設計業務等の電子納品要領(案)」=(2),「工事完成図書の電子納品要領(案)」=(3),「CAD製図基準(案)」=(4)の3つの要領・基準と,「電子納品運用ガイドライン(案)」=(7),「現場における電子納品に関する事前協議ガイドライン(案)」=(8)の2つのガイドラインを策定した。
 2001年度に入ると,6月には86年に策定していた「地質調査資料整理要領(案)」=(5)を改訂。その2か月後の8月には(2),(3),(4),(5)の4つの要領・基準をまとめて改訂。最後に残っていた測量についても,2002年2月に「測量成果電子納品要領(案)」=(6)を公表。電子納品に関する6つの要領・基準がひとまず出揃うことになった。(「電子納品要領,基準等の策定計画について」2002年3月公表を参照)


CADデータ交換標準フォーマット

 
 CADデータの標準化活動は,国土交通省の外郭団体である日本建設情報総合センター(JACIC)を中心に展開されてきた。99年3月に,JACIC内部にCADデータ交換標準開発コンソーシアム(SCADEC)が設置され,異なるCADソフト間の図面データ交換の実現に向けてISO(国際標準化機構)の国際規格に準拠した標準フォーマット「SXF」の開発に着手した。
 SCADECの活動は,2000年8月で終了したが,その年の10月にはJACIC内部に建設情報標準化委員会が設置され,活動を開始。同委員会の下には「コード小委員会」「電子地図/建設情報連携小委員会」「成果品電子化検討小委員会」の3つに加えて「CADデータ交換標準小委員会」も設置され,SXFの開発が進められてきた。
 1年後の2001年10月に,国際規格「ISO10303」に基づいた標準フォーマット「SXF(P21)」の共通基盤ソフトウエアが完成。ベンダーからSXF(P21)対応CADソフトが提供されて利用環境が整ってきたのを見計らって,2002年3月に(4)のCAD 製図基準(案)の改訂を実施。電子納品にSXF(P21)を適用することを明示した。


次世代ビジョンの策定へ

◎CAD データ交換標準
 特定のソフトに依存しない中間フォーマットを開発して,CADソフト間でデータの相互交換を可能にし,一度作成したCADデータの再利用が可能になる。
◎ISO
 International Organization for Standardization=国際標準化機構の略称。世界的な標準化およびその関連活動の発展促進を目的とした各国の代表的標準化機関から成る国際機関で,日本からは通商産業省工業技術院の日本工業標準調査会(JISC)が参加している。
◎SXF
 Scadec data eXchange Formatの意味で,CADデータ交換標準プロジェクトの開発成果であるCADデータ交換標準(仕様,ツール等)全体の通称。国際標準であるISO10303 STEP/AP202規約に則った電子納品のためのP21形式,関係者間でのCADデータ交換のための簡易な形式であるsfc形式,双方の物理ファイルをサポートしている。

◎STEP

 Standard for the Exchange of Product model dataの略。ISOが標準化を進めている製品データ交換のための国際標準規格「ISO10303」の通称。STEPは概念設計から詳細設計,試作・テスト,生産,サポートに至る1つのライフサイクル全体にわたって必要になるすべてのデータ(製品データ)を表現し交換するための規格で,建設,プラントなどのさまざまな分野で標準化が進められている。

◎建設情報標準化委員会
 JACICが平成12年10月に設置した産学官共同の委員会(委員長:中村英夫武蔵工大教授)。既存の標準を尊重しつつ,標準間の調整を行うことや,必要な場合には新たな標準の開発を行う場として,現在テーマ別に4つの小委員会,9つのWGが活動している。
 96年に開発がスタートしたCALS/ECも,当初策定されたアクションプログラムの最終目標「直轄事業においてCALS/ECを実現」の達成もほぼ見えてきた。アクションプログラムでは,96−98年度をフェーズ1,99−2001年度をフェーズ2,2002−2004年度をフェーズ3に分けて計画を進めてきたが,電子入札では計画の1年前倒しも実現できる見通しとなった。
 電子納品も,2年後には全面的に導入されることになり,公共事業においても情報のデジタル化が一気に進むことが避けられない状況となってきた。
 2002年3月,CALS/ECに関する基本戦略を決定する国土交通省CALS/EC推進本部(本部長・国土交通事務次官)の第二回会合が開催された。2000年10月に設置されて以来の久々の会合では,アクションプログラムの完了が迫っているのを受けて新しい計画の策定に着手することが決まった。
 現在進行中のアクションプログラムで,導入が図られてきた電子入札にしろ,電子納品にしろ,従来の仕事のやり方を大きく変えるものではなかった。端的に言えば,従来のやり方をITのツールに置き換えただけと言って過言ではないだろう。最も重要な目的は,電子入札では発注者,受注者双方のインターネット利用環境を整えること,電子納品では建設情報のデジタル化を進めること,であり,これからが本当の意味でのIT革命本番である。
 新計画では,CALS/ECのミッション(使命)として「公正さを確保しつつ良質なモノを低廉な価格でタイムリーに調達し提供する」,「より質の高い行政サービスをより低いコストでより早く提供する」の2つを明示。これに基づいて,5つのビジョンを掲げることにした。
 1)国土管理システムとの連携による高度なサービスの提供
 2)発注者が一体となった広域的な連携システムの構築
 3)電子政府関連の他のシステムとの連携による統合的整備・運用
 4)データの有効活用による民間IT・サービス関連新市場の創出
 5)ITを活用した業務プロセスの改革
 こうしたビジョンに基づいて策定された新計画によって,最終的には「完全なライフサイクルサポートが達成できること」,「生産プロセス以外の分野でCALS/ECデータを有効活用すること」,「『バックオフィス改革(仕事のやり方の見直し)』の概念の導入」などが実現されることをイメージしているという。
 今後2年間かけて,新計画の策定作業を進めていくことにしているが,その具体的な内容がどのようになるにしても「仕事のやり方を変える」「データの使い途を拡大する」といった方向性は変わらないだろう。建設情報のデジタル化は,次世代CALS/ECを実現するための前提条件なのである。


図 新計画で目指す最終イメージ(案)
図 新計画で目指す最終イメージ(案)