知っておきたい電子入札・電子納品ABC
第6回 電子入札・電子納品より大切なもの
 今回の記事は特に経営者の皆さんに読んでいただきたい。  
 このコーナーではこれまで国土交通省が主導で進める電子入札・電子納品について語ってきた。そもそもそれらは待ったなしでやってくるわけだから,十分情報を仕入れて,勉強をして準備する必要がある。実際,電子入札・電子納品の情報は,このコーナーだけでなく,書籍,インターネットなどでさまざまな関連情報とともに眠っているので,好きなときにそこから仕入れたらよい。
 今回は,誰も教えてくれなかったCALS/ECの本来のねらいについて語ってみたい。

受注者は被害者か?

 
 国土交通省は,「公共工事入札契約適正化法の趣旨を徹底させるとともに,透明性の向上,競争性の一層の向上等を通じた公共事業構造改革の一環として,その基盤を提供するIT化を推進する。」ことを目的として,具体的な手段として電子入札・電子納品を掲げている。これは何も難しいことを言っているわけではない。要は「公共工事に関しては,ITを使って効率よく作業を行い,コスト削減に努めよう。」ということである。  
 この考えは発注者側から見ればメリットは大きい。必要な情報が,データでやり取りされ,最終的にすべての情報をデータで納品してもらうことで管理や検索までもが楽になるのであるから。一方の,受注者側から見れば,パソコンは買わされる上,見たことのないICカードが印鑑証明みたいに重宝され,しかもこれがないと入札ができない,電子納品に至っては意味もわからない,などとばっちりを受けているという被害者意識が強い。
 果たしてそうだろうか?

森を見て山を見ず?

 ここで今回の記事で何を言いたいのか,述べることにする。《電子入札・電子納品に備えただけで準備万端とするのは大間違いである。ちまたで言われる情報共有もそれだけでは不十分である》ということである。
 国土交通省が言うCALS/ECはすでに進んでいる。これが途中で無くなることはない。それはもう理解いただいていると思う。さすがに,パソコンがなくても何とかやっていけるだろう,などとここに来て的外れな希望を持っているかたはおられないと祈る。  
 では,その取り組み方はどうだろうか? ――やらされている。仕方なくやっている。訳がわからないなりに,何とか準備している。――  
 このような声はよく聞こえてくる。しかし,どの声もすべて電子入札・電子納品への対応に関する意見,不満である。そして消極的なものが多いのが特徴である。
 もう一度国土交通省が唱えるCALS/ECの本来の目的を読み返してほしい。文章の中に,「競争性の一層の向上」とある。これは何を意味するのか? 公共工事の発注数が今後少なくなると容易に予想される中で,競争性を高めるとは一体どういったことであろうか?  
 つまり,他社と何らかの差別化を図り企業の生き残りをかける,ということであり,それにITを活用する,ということである。  
 さて,電子入札,電子納品は公共工事にかかわる全企業が対応すべきことである。それに対応することが競争性を高めることになるであろうか? 答えは,「NO」である。全員がやらなければならないことに対して,ただ従うだけでは最低ラインぎりぎりをこなしているだけに過ぎない。では,競争性を高めるためには何が必要なのであろうか?  
 答えは,「業務改革」である。

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使い古された言葉「業務改革」

 
 この言葉を聞いて,「よし,じゃあ業務改革をやろう!」という人はいないであろう。あまりによく使われ,また,あまりに古いイメージがある。さらに何が業務改革なのかわからない。それは,従来行われてきた業務の考え・手法を根本から変えること,であろう。これでもわからない。ただ,業務の考え・手法というのは経営者の意向が込められているものであるがために,経営改革,とも言い換えることができる。  
 「会社のやり方を変えるには,経営者を変えるのが一番」とよく言われる。しかし,「俺が作ってきた会社だ。ほかの奴に会社を任せるぐらいだったら,会社をつぶしたほうがましだ。」などと思われる経営者は,建設業に限らず当然いるであろう。ただ,このCALS/ECでは経営者の交代こそ推奨してはいないが,それに近いだけの頭の中の切り替えを必要とするのである。  
 現在は発注工事数に対して,業者数が多いのである。高度成長期に労働者の受け皿とまで言われてこれまで存在してきた建設業界であるが,ここに来て景気に当時のような右肩上がりの成長はなくなり,斜陽産業とまで言われるようになった。しかし,受注数が少なくなるという事実を認めて,その上で生き抜いていくための方法を探らなければならない。その方法を探ることが業務改革につながるのである。では,何から手をつけたらよいのだろうか?

「業務改革/経営改革」のヒント

 業務改革にはポイントがある。リストラやコスト削減ではない。それはいくつかある手法のうちの結果論の一つである。まず,現在の会社の状態で,実現できることからはじめてみるのである。以下に優先順位をつけずに列挙してみる。  
  ISO9001の適用(経営の指標)
  ペーパーレスの実現(紙文化の限界)
  ノウハウの共有(できる人間は辞めていく)
  ゴルフ的投資(積極的な意思を持った投資)
 ISO9001は,いわゆる品質マネジメントシステムであり,国際的にも認知されているものである。これがいま日本の建設業界ではトレンドである。全業種を対象としたISO9001取得業者を見てみると,その4分の1は建設業者によるものである。理由は簡単,入札のときに有利だからである。だから,誰もがこぞってこの認証取得に必死になる。そして取得が無事終わると,次は驚くのである。なぜか? 半年(または1年)ごとの監査の存在に驚くのである。つまり,入札のために取得に躍起になったのはいいが,取得後の維持にまで目を向けていないからである。例えるならば,大学受験に合格した受験生が,入学してからの定期テストの難しさに驚いている,とも言えようか。  
 ISO9001は決して取得が目標ではない。たまたま入札要件になっているかもしれないが,その本来の目的は,品質達成を実現するための手法を取り決め運用していく,ことにある。このすばらしい目的のもと取り決められているISOを,ただ単に取得するために金をつぎ込んだり,取得後の維持が難しいからと嘆いているのではもったいない。有効活用ができるのである。業務改革の最高のお手本になるのである。ISO9001の内容に沿った詳しい解説は,書籍,コンサルタントの方々に委ねるが,自分の会社で何となくうまくいっていた,どういうわけか間違いが起こっていた,ような曖昧な部分をはっきりさせ,それを改善していくためのテキストと考えてもらえればよいと思う。持っていれば皆が羨ましがる,といった勲章ではないので勘違いはしないように。  
 次に,ペーパーレス(紙の削減)である。今,会社の中は紙だらけ。机の上も,引き出しの中も,倉庫の中も。「紙がなければ,仕事ができないじゃないか。」ごもっとも。鉛筆,消しゴム,紙。これまでは必須だった。これからも消えることはないであろう。しかし,今はITを活用しようとしている段階である。パソコンを使っている範囲では,鉛筆・消しゴムはキーボード上(あのボタンがいっぱいある厄介な代物)で操作し,紙はディスプレイ(テレビ画面)に表示され,作った書類はデータやファイルと呼ばれてパソコンの中に保管されてしまう。完全に紙文化とは違うのである。これがデジタル文化と言われるものであろう。  
 とは言え,電子入札・電子納品でITに片足を突っ込もうとしているのである。この機会にITの効果を全社的に生かさない手はない。それがコスト削減につながるのであればなおさらである。社内で使用する紙が減ることで,どんな効果が期待できるのであろうか? 用紙代の削減,コピー機/FAXのトナー代が削減,文房具代の削減などがまず頭に浮かぶ。しかし,効果はさらに続くと考えられる。業務でパソコンが必要となってくると社内でひとり1台までに近づくはず。そうなれば,それぞれのパソコンのファイルはフロッピーディスクでやり取りするのではなく,ネットワーク(LAN)でつながれ,そして社外ともインターネットでつながれる。メールのやり取りも始まる。この情報の流れの中では紙は存在しない。同時に,情報の一斉配信が可能となる。つまり,ある情報をリアルタイムに全社員に通達できるようになるのである。これは紙では不可能だ。この部分はコスト削減というよりも,業務の効率化の側で恩恵を受けることになろう。  
 3つ目はノウハウの共有。ノウハウとは,この道数十年のベテランの経験・勘であり,できる人間のスキルである。しかし,できる人間は会社を辞めていくのである。ノウハウは,そんな人間と一緒に社外に流出していく。これはどうしようもないのであろうか? 辞める人間を無理やり引きとどめておく方法に頭を悩ますより,そのノウハウをいかに会社の資産として蓄積しておくかに重点を置いたほうが得策である。では,その方法は? これは社内マニュアル・手順書を作ることに尽きる。  
 社内規則,給与規定などは文章として社内に存在するかもしれないが,申請書や報告書の書き方などの一般的な社内業務,トラブル・事故時の対処方法などは文書化していないのではないだろうか。それらをすべて書き起こすのである。そしてデジタル化(ファイル化)して,社員全員で共有するのである。結果的に,成功例・失敗例を問わずあらゆる情報を社員が参照できることになり,ベテランが体調を崩して休んでも,またエースと言われる社員が仮に辞職しても,そのノウハウは社内に残るのである。
 最後に,ゴルフ的投資である。ちまたではゴルフブームである。と言うより,国民二人に一人はゴルフを当たり前のようにする時代である。私も例外ではない。持っているクラブも数セット。ゴルフをしない家内には,「また買ったの?」とぼやかれる。それでもまた買ってしまう。  
 なぜだろうか? なぜ,ゴルフクラブをまた買うのであろうか? 理由は人それぞれだろう。新しい物好き,古いのに飽きた,などなど。しかし,少しでもスコアアップを目指して買う,という理由が多いのではないだろうか。少なくとも私はそうである。新品を買って結果的にスコアアップにつながらなければ,別の商品に目移りをすることもある。そんな感覚でゴルフに打ち込んでいる人も多いのではないだろうか。これはITでも同じだと考える。  
 「こんなご時世,ITに投資してどんな効果が期待できるのか?」という質問は必ず出てくる。クラブを買うことで期待する効果は,スコアアップである。本人は誰かに結果を確約して購入するのではなく,スコアアップを現実にさせたいがために購入するのである。この論理はIT導入には通じないのか? 会社がスコアアップ(今後の生き残り)をかけるときに,その道具(IT)に夢を託して投資をするという論理は働かないのか? ゴルフが好きだからクラブや練習場通いに投資をする,会社が好きだから道具(IT)に投資をする,という考え方でITを考えてはいかがだろうか。あくまでもITは道具である。導入することが最終目的では決してない。そして,ITは進化する。クラブやボールが進化するように。個人としてはクラブは大きな投資のはずだが,それでも積極的に投資するように,会社として投資するITにも積極的に目を向けてはどうか。  
 「投資対効果がいかほどか?」などと確約された将来を誰かに求めて投資をするのは悲しすぎる。それは,ゴルフ好きな人間の行動を否定することになりかねない。会社を何とかしたいのなら,会社が好きなら,社用車として高級車を購入しようとするなら,会社自身に積極的にIT投資をする方向で向かってほしいと思う。必ず突破口は見つかると信じて。まず100を切り,90が順調に出始めたら,いよいよ自慢できる80台。そしてシングル……。

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業務改革のスケジュール

 
 国土交通省の直轄工事に対して,電子入札が全面導入されるのは2003年4月からである。電子納品もそれに続く。だから,国の直轄工事を請け負う業者は社内のIT化が急務である。ここで「うちは国土交通省の直轄工事はやっていないから関係ない。」という声も出るであろう。そう,直轄工事を直接請け負う業者はそれほど多くない。しかし,間接的に請け負う業者は多い。そこで以下のような状況はありえないだろうか?  
 直轄工事を請け負った業者Aは,協力(下請け)業者B,Cに対して見積もり依頼をした。その際に,デジタルデータでCADデータを渡した。Bは社内にCADソフトを複数持っており,分担してすぐに見積もりをはじき出した。しかも,今後変更があったとしてもすべてデータ上で対応ができるという。一方,CはAに対してこれまで通り紙での図面受け渡しをお願いした。パソコン環境がCの社内に無いからである。
 あなたがAの担当者だとすると,今後はどちらの業者に声をかけるだろうか? 答えは明快であろう。つまり,国土交通省の直轄工事は対岸の火事ではないのである。上記の例は,簡潔さを求めたためペーパーレス,ノウハウの共有などの部分はあえて絡めなかったが,それらはすべて競争力の要素として考えられる。いち早く取り組んだほうがいいに決まっているのである。  

 生き残らなければならないのだから。

今からやるべきこと


 ただ単に最高のパソコンを買い,必要なソフトを全部買えばよいというのではない。それは2番目に検討することである。ITは道具なのだから,その道具にまず目を向けるのはお門違い。まず目を向けるのは,現在の社内業務の見直し,である。どのような業務がどのような手順で,誰が,いつ行っているのか。それをはっきりさせるのである。そして,一通りそれが洗い出せたならば,効率化できる部分を検討するのである。そこで効率化を実現するために,ITをどの部分で利用するかを考えるのである。  
 しかし,じっくり考えている時間は無い,という人が大半であろう。業務改革は経営改革であり,会社のそれまでの体制を大きく左右するほどの変化をもたらすものである。検討には時間はどうしてもかかるものである。それでも,どうしても早く,安く,効率よく業務改革を実現したいと考えるのが通常であろう。  
 そこで具体的にこれらすべてを実現するシステムを次回紹介してみたい。次月は,目からウロコ,を期待していただきたい。