知っておきたい電子入札・電子納品ABC
第7回 IT化の失敗事例から学ぶ
 多くのITベンダーが中小建設業をターゲットに,自社開発したソフトを広めようと躍起になっている。その対象となるソフトウエアは,CADソフトに代表される特定業務専用のソフトや,工事単位に原価を管理する原価管理システムに代表される基幹系ソフトウエア,または,従業員間・部署間の情報の共有化のためのグループウエアであることが多い。中堅以上の建設業であれば,ほとんどの企業でグループウエアや原価管理システムなどのアプリケーションソフトウエアが動いているのだが,中小建設業で利用しているソフトウエアは,CADソフトや積算ソフト・会計ソフト等の特定業務用ソフトが中心であり,元請・下請間のネットワーク連携や,他社と差別化するための武器になるようなITの採用を実施した事例は少ない。情報化に対するアンケートの中で,特に今後採用したいという回答が多いのが情報共有を目的としたIT化であるが,その多くは,成功といえるものには程遠いのが現状である。
 これらの状況をふまえ,今回は,IT化の失敗事例を検証し,ITを導入する時の留意点を考えてみたい。

目的意識を持ってITを導入






◎グループウエア

 会社や部署等のメンバーで,各種情報の共有を行うシステムである。
 一般的には,スケジュール管理・掲示板・電子会議・文書管理など複数の機能がついている。
 表題にもあるように電子入札・電子納品に対応すべく,自治体や各種団体が主催するセミナーに足しげく参加している企業は多い。また,雑誌等では盛んにこれらを取り上げており(本連載も同じ),今まで,特に昨年までのセミナーでは,「電子入札・電子納品に対応しないと大変なことになりますよ。仕事がなくなりますよ。」といった脅迫に近いものが多かった。事実,公共工事への依存度が高い地方の建設業では,これらに対応しないと受注機会が減少してしまうのは目に見えている。何もしなければ,最悪の事態をむかえることになる。
 実際,これらの言葉に煽られて,目的意識もなくパソコンを導入し,電子入札・電子納品に対応できた,と思っている経営者が多いのも事実である。これらのセミナー内容が事実であるのは確かだが,闇雲にパソコンを導入すれば良いということはまったくない。溢れるぐらい多くの情報の中から,その企業なりの情報化方針といった解答を出していくことが重要である。
社長がIT化に関わってない

 IT化に失敗した事例の多くは,IT化の推進を担当者任せにしている場合である。IT化(情報化)は,企業経営と切っても切れない関係で,企業の経営戦略の中に情報化戦略があるのだ。ところが,日本の中小企業経営者のほとんどは,パソコンを触ることができない人も多く,情報化の意味すら知らない人もいる。そういう経営者の場合の多くが,「IT化は世の流れだから社内に取り入れよう。後は担当者に任せる。」といって自分は知らんふりをするのである。こうなったら最悪で,いくら担当者が奮闘しても,ことの結末は目に見えている。
 先にも書いたように情報化戦略は,経営戦略の一部である。企業のトップが情報化の目的と方針を決めなければ,現場は慌てふためくだけで,折角の情報化推進が経営の足を引っ張り,マイナスの方向へ導くこともありえる。
 力のあるITベンダーは,顧客企業のIT化推進プロジェクトのメンバーを見れば,大体そのプロジェクトがうまくいくかどうかはわかるものである。企業の経営層がそのプロジェクトに入っていないと,まずIT化は失敗する。どうしてかというと,IT化を推進するにあたっては,その推進過程の所々で,何らかの意思決定をしなければならない場面に出くわす。そういったときに責任もない権限もないメンバーばかりであると,誰も適切な意思決定が下せない。メンバーの誰もがその問題から逃げて回るようになる。そうなったら最悪である。経営層がメンバーに入っていれば適宜判断してもらえるのだが,そのような企業は中小建設業では少ない。情報化は,その企業における経営戦略にそって行われるものである。だからこそIT化の推進は,企業のトップの仕事であり,実務は他の人に任せても良いが,最後は企業経営者が自分で責任をとることが最重要なのである。
IT推進はトップダウン
 IT化は,決して敷居が高いわけではない。IT化は,使い方一つで武器になるのだ。前向きな考えでITを企業経営の中に取り入れていこう。
小さく産んで大きく育てる

 
 中小建設業のIT化がなかなか進まない原因のひとつに「IT化は先行投資。明確な効果が出ないことにはIT化を推進できない。」といったことがある。しかし,国は2001年1月に発表した「e-JAPAN戦略」で,「今後5年以内に世界最先端のIT国家となることをめざす」と言っているのである。その中でCALS/ECによる電子入札・電子納品が推進されているのである。こうなってくるとIT化からは逃れることができない。
 しかし,パソコンが1台も入っていない企業が,いきなり大掛かりな情報システムを入れることはできない。まずは,情報化方針を決めて,できることからスタートすることがのぞましい。ただし,パソコンを1台だけ入れたとしてもあまり効果はでない。ITのうれしいところである「ネットワーク」,つまり「距離と時間を飛び越える」といった点から少なくともスタートしたい。

ITは時間と距離を超える
   そして,実績を作ったら次のIT化に取り組み,その成果が出たらまた次のステップへと段階を経てITを導入していく。たとえて言うと,陸上競技の三段跳びを思い出してほしい。(昔は,三段跳びと言えば日本は強かった…)この三段跳びは,ホップ・ステップとばかりに,最初は同じ側の足で2回とび,最後に利き足でもって大きくジャンプする。IT化の推進もこの三段跳びと同じ要領で,最後のジャンプで企業の差別化を図ることができるようなITの導入を図るのである。当然のことながら,小さな実績を徐々に積み重ねることにより人も技術も育ってくる。
 
IT推進は三段跳びと同じ
ネットワークの上で何を動かすか

 
 ITベンダーの中には企業からIT化の相談を受けたときに,「とりあえずLANとインターネットを引きましょう。」といってハードとOSのみを提案するところもある。企業側もその提案を受け入れてしまう。
 もしこのような展開が実在したとしたら,そのITベンダーと顧客企業には未来がない。ネットワークが引けたからといっても,インフラができただけのことである。それだけではだめなのである。重要なのは,そのインフラの上で「何を動かすか」なのだ。この「何を動かすか」は,その企業の情報化方針によって変わる。
 IT化の初期段階の利用方法で多いのは,情報共有を目的にファイルサーバーを1台置いて,他のパソコンとネットワークで接続するような場合である。特にCADのデータなどを一元管理したいような場合は有効である。しかし,これだけでは前述したように「距離と時間を越える」といった恩恵を大きく受けることはない。できれば,通常の業務すべてをパソコンからできるようにした業務システムを導入すべきである。最近は,京都の日新建工のように成功事例が出てきている。是非,参考にしてもらいたい。
リスクを考慮して確実な運用を心がける

◎LAN
 Local Area Networkの略。同一敷地内にあるパソコン等の情報機器をネットワークでもって接続したもの。
 Ethernetがその代表である。

◎OS
 Operating Systemの略。
 ハードウエア等を制御したり,CADソフトなどの応用ソフトウエアを動かす元となる基本ソフトウエアのこと。
 WindowsXPやMacOSなどが代表的なOSである。

 実際に,ある企業の話を書いてみる。

 A建設の社長は,数ヶ月前,あるITベンダー主催のセミナーに参加し,そこで電子入札・電子納品の現状を知った。そのセミナーでは,まだまだ先だと思っていた電子入札・電子納品への対応が,実は早急に対応しなくてはならないことに気がついた。そこで知人からITベンダーを紹介してもらい,そのITベンダーの薦めで,電子入札・電子納品対応のパソコンを購入し,それを運用するための仕掛け作りを行った。
 まず,電子入札への対応として,インターネットに接続可能なパソコン1台を本社に設置し,それに伴い営業部で一番パソコンに詳しい営業部員を電子入札担当として指名した。また,その担当者には,県が主催する電子入札の講習会に参加させた。
 次に,電子納品への対応として,各工事現場にパソコンを1台購入。同時に必要となるCAD等のソフトウエアも購入し,電子納品対応ソフトのメーカー主催の電子納品講習会にも各工事現場から1名参加させた。
 このA建設の社長は,これで電子入札・電子納品に対応できたと思っていた。

 この事例のように電子入札・電子納品に対応しようとしている中小建設業は多い。この事例を読んでみると,多くの注意をしなければならない点に気づく。
 問題点を以下にあげる。
(1)電子入札・電子納品への対応がIT化というのは大間違い。
 ここで,本来確認しておかなければならない「IT化の意味」を持ち出したい。
 電子入札・電子納品というのは,公共工事の発注を企業が受けるために必要なものである。しかし,これ自体はIT化でも何でもない。一種のOA化にすぎないのだ。このことを取り違えている経営者は少なくない。前述したように,IT化で最も恩恵を受けることは,時間と距離を越えるということである。電子入札・電子納品に対応したということより,発注者や協力企業との間,もっと重要なところでは,本社と工事現場間といった社内で,どのようにITを利用するかを検討することが重要で,これに対応できるということがIT化なのである。
(2)電子入札……設備と要員の二重化・三重化が必要。
 本社に専属の要員を1名確保したとのことだが,はたして1名で大丈夫であろうか。入札担当者が,もし入札日に不慮の事態で会社を休んだらどうなるのだろうか。代わりの人で対応できる体制ができているのだろうか。また電子入札を行う際に,数字の打ち間違え等のチェックのため,もう1人立ち会わせる必要はないだろうか。インターネット回線についても同じで,プロバイダと接続する回線にトラブルがあった場合は使えなくなるが,その場合はどうするのか。実際,私鉄電車の脱線事故で半日間インターネットが広い範囲で使えなくなったこともある。そんなときどう対処するのだろうか。多くの人は問題が発生したときに考えればよいと思っているのではなかろうか。そうだとすると,企業がつぶれるのは時間の問題である。何故なら,入札できなければ公共工事を落札することができないからだ。問題が起こってからでは遅いのである。そう考えると,
 ・設備も人も「二重化・三重化」が必要
 ・運用のためのルールの明確化が必要
ということが最低限必要なことがわかってくる。不慮の事態はいつ起こるかわからないのだ。速やかな対応を取るための仕掛け作りと,その運用についての継続的なチェックが重要なことがわかる。
(3)電子納品……現場では,パソコンが複数台必要。(できれば1人1台)
 各現場のパソコンは1台ではまったく不十分である。盗難や故障といったことも考えられるので,写真データなどのデータのバックアップは必ずとるようにし,バックアップ自体も3箇所以上で保管することを心がけたい。3箇所というのは,作業用パソコンの中,ファイルサーバーの中,MOといった別媒体の中ということである。
 ということは,少なくとも下記のような役割のハードウエアが必要になる。
 ・ファイルサーバー
 ・作業用パソコン
 ・バックアップ用パソコン
人もパソコンも二重化が必須

ISO文書管理に多大な労力をかけている
  ISOを取得したものの,その維持に多大な労力を強いられている企業も多い。B建設もそのひとつであった。

 B建設では,2000年にISO9000を取得した。そのときは,社長のISO9000取得の大号令のもと,ISOコンサルタントの協力も得て,社内の業務を整理統合し,何とか取得にこぎつけることができた。社長をはじめプロジェクトメンバーも,社長が指定した期日までに取得することができたので,大変に満足をしていた。整理されたドキュメントは,パイプファイルが6冊になった。ところが,サーベランスを半年単位に実施するごとに,社内プロセスに問題があることが見つかり,そのプロセスの変更を余儀なくされた。それらをマニュアル類に反映し関係機関に再配布する作業が発生,その労力は相当数に跳ね上がった。ISOコンサルタントにこの労力を減少させるための方策を相談したところ,ISOに特化したドキュメント管理ソフトの存在を知り,早速そのドキュメント管理ソフトをITベンダーの支援により導入した。その結果,問題となっていたドキュメントの改廃の労力は減ったが,抜本的な対策ではないことをISO9000の責任者は気がついた。

 このB建設の場合は,IT化が問題ではない。社長が,ISO9000を取得することを目標に掲げたのは問題ではないが,そもそもISO9000とは何のために必要なのかといった論議がなかったことが問題である。ISOコンサルタントも顧客企業に対するコミュニケーションが少なかったのであろう。この企業では,悲しいかなISO9000の取得がゴールになってしまったのだ。そもそも出発点が間違っているものをITで補完しようとすること自体がナンセンスである。
 前回も書いたように建設業界では,ISO9000の取得がトレンドである。これは周知のように,ISOを取得していないと公共工事入札に参加できない場合も出てくるからである。公共工事の請負が売上高に占める割合が多い地方の中小建設業では,入札への参加機会の減少=死活問題である。このため企業ランクを上げるためにISO取得を直近の課題としている中小建設業が多い。
 また,ISO9000の認定を受けた企業であってもその維持に多大なコストをかけている企業が大半である。ISO取得に関わる労力よりも維持していくためにより多くの労力がかかることを知っている企業経営者は少ない。ほとんどの企業が,ISO9000の認定を受けたことで満足し,本来の目的が,マネジメントシステムの継続的な見直しによる品質の向上(=顧客満足の向上)にあることを忘れてしまっている。その結果,ドキュメントの改廃等直接企業の収益に寄与しない労力が発生してしまうのである。この部分を限りなく0に近づけるためには,紙に打ち出すという行為をやめること。つまり,ペーパーレスで社内システムを運用することが現実的な解となる。ペーパーレスにすれば,ドキュメントの差し替えといった行為は必要ないはずである。
業務改革をせずにIT化を進めた

 実際に,「ITを導入したのだが効果が現れていない。」といったことをよく耳にする。その根本原因は,業務を最適化,つまり,業務を一番良い方法で運用できる形にすることなしに,ITを導入しようとするからである。
 ITはハサミ(ツール)でしかないわけであるから,それを使って紙(業務)をどのように切るのか,デザインを紙面上に書いておく必要がある。これがすでに書いてあればよいのだが,これを書かずにこのハサミ(IT)の切れ味がよいからといって切り始めると,当初に思っていたものと結果としてできあがったものがまったく違うといったことになる。この状態が,ITを導入したけれども効果が出ないといったIT化の悪い例である。
はさみで切ってみると・・・。デザインを紙上に書いておけば,簡単にハサミで切ることができる。

まとめ

 建設業は,今後CALS/ECへの対応だけでなく,第2第3のハードルが出てくることが予想される。やはり勝ち抜くことが必要で,その武器のひとつにIT化というものがある。決して無理な背伸びをすることなく,着実にITを企業経営の中に取り入れてもらいたい。

(参考)
・日新建工HP
 http://www.dokakong.co.jp/