イメージイメージイメージイメージ経営者インタビュー第8回



向井敏雄 氏
  向井建設(株) 代表取締役社長 向井敏雄 氏
Profile
向井敏雄(むかい・としお)
1944年,神奈川県小田原市生まれ。 67年,成城大学経済学部卒業後,(株)向井組(73年向井建設に社名変更)入社。75年副社長,80年代表取締役就任。向井総業(株)代表取締役社長,(株)稲田組代表取締役会長など兼務。戸田建設全国連合利友会会長ほか元請協力会役員,(社)日本機械土工協会副会長,建設省専門工事業イノベーション戦略研究会委員を務める。平成12年建設大臣賞受賞。



「オンリーワンカンパニー」を目指して

西野
 最初に,向井建設さんの経営理念を教えてください。
 
向井
 まず第1に,建設業というのは,仕事を通じて社会資本の充実に貢献するのが最大の使命です。それを達成するために,より良いものをエンドユーザーの方に提供することを目指しています。高品質であることはもちろんのこと,労働災害を発生させず,なおかつコストを徹底的に追求していく姿勢も必要だと思います。
 第2に,私どもの会社は,同業他社と異質化,差別化を図り,「オンリーワンカンパニー」になるために,他の会社が追随できないような経営体制の構築を図っています。なにより大切なことは「信用」であり,90年余の社歴を通じ,常に信用第一に,途中で仕事を放棄したり施工した建造物に大きな瑕疵が発生したりしたことはありません。常に,エンドユーザーの方に安心してお使いいただける建造物を提供しているつもりです。それを実現していくためにも,技術志向型の会社を目指して,優れた技術提案・技術提供ができるように,日々努力しています。
 3番目は,変革の時代を見据え,常に先見性に富み,また洞察力を高めて企業経営にあたるということです。そういう能力のある人材を育てるためにも,教育研修や個人の能力向上は最重点の戦略です。
 4番目ですが,社員に経営に関与してもらうために,組織の在り方が大事だと思うんですね。戦略的な動きを意識しながら,柔軟な組織経営をしています。まず,従業員の個性が尊重されて,伸び伸びと元気に明るく働けるような職場づくりを心掛けています。また,チームワークも重要です。私どもは,チームワークというのは個々人が自立していて強い個性を持ち,その強い個性を持った者同士の集団がとことん議論を交わして,得られた結論については着実に遂行していく形であると考えています。強いチームワークは,個人の自立から生まれてくるものなのです。
 当社の経営理念を「向井建設宣言」に表し,社員全員で唱和し,共有化するようにしています。
 
西野
 「オンリーワンカンパニー」を目指すというお話がありましたが,向井建設さんの強み,「ここ」がオンリーワンたるゆえんだというところは,具体的にはどのあたりになりますか。
 
向井
 安全に作業を進めたり高品質の施工を提供するには,やはり技術の裏付けがなければできないことなんです。例えば施工計画力。これは労働災害を未然に防ぐ計画,それから工期の短縮や品質の確保などを表現するために,施工要領書や施工図,施工計画図などを自らの手で起こし,それを元請に提示して仕事にかかります。
 一般的には,元請から頂いた図面を見て,さまざまなノウハウを落とし込んで仕事を進めていきますが,時に元請自身の計画と私どもの考え方が沿わない面があり,打ち合わせに非常に時間を要してしまうことがあります。専門工事業として長年培ってきた固有技術や管理技術をデータに基づいた図面に表現して提供することが強みですね。
 また,他の専門工事業者と違うところは,東日本一円どこでも工事の施工に参画できることです。多くの専門工事業者は,地元とかある一定の限られたエリアでしか施工体制が取れませんが,私どもは北海道から名古屋までをカバーしていますし,どんな山奥でも元請の要請にお応えできます。つまり,機動力があるということですね。
 ただ,繰り返しになりますが,「オンリーワンカンパニー」として一番大事な要素は,やはり会社に技術力があること,その裏付けという意味で技術者の数が多数いることです。私どもの会社では,技術者の半数ほどが一・二級建築士や一・二級建築施工管理技士,一・二級土木施工管理技士などの国家資格を持っています。これは長年,建築・土木の技術者を計画的に育ててきた成果です。社内で資格取得奨励制度を設けてから,もう10年以上になります。
 専門工事業というのは,主任技術者程度の人がいれば,仕事ができないことはないんです。しかし,技術志向の企業であることを明言するには,資格者の数は一つの証明になると思うので,これにはかなりこだわりを持っています。


西野嘉良子さん Profile
西野 嘉良子(にしの・かよこ)
日本女子大学人間社会学部卒業後,札幌テレビ放送株式会社に入社。2000年10月に同社を退社後,フリーとなる。BS JAPAN,NHKラジオなどで番組を担当。

30年前から情報化に着手

 
西野
 建設業界にもIT化の波が押し寄せていますが,向井建設さんではどのような対応をなさっていますか。
 
向井
 そもそもコンピューター化を計画したのは昭和47年ごろで,当時は建設業の経営というのはどんぶり勘定であると言われていました。確かに計数管理がきちんとされていない面があり,半期あるいは年度決算をしたときに,考えていた利益と実際の利益に乖離があって,戸惑ったり,あわてることもありました。
 また,安全な航海をするために海図や羅針盤がいるように,的確な経営をするために月次で決算をして会社の経営状態を常に把握しておくことは重要です。しかし,それに予算をからめて,予算と実績の管理を行い,その差異が生じたときに,どこにどのような問題があるのかがわからないと,的確な経営はできません。そこで責任予算制度,いわゆる月次決算制度を設けました。
 それと同時に,今でこそ当たり前になっていますが,事業部制を引いて,責任予算によって自分の果たすべき目標とか,あるいは達成しなければいけない成果などを掲げるようにしました。つまり,月次決算にして,最終的には税引前利益が出るように,会社の仕組みを変えたんです。
 ただ,それまではいわゆる算盤ベースで計算をしていたので,数字が出てくるのが非常に遅いんですね。やはり経営というのは生き物ですから,迅速にタイムリーな判断をしなければなりません。そこで,もっと速くデータを算出するために,昭和52年には汎用マシーンを導入して,OA機器が使いやすくなると共に台数を増やし,今では200台以上のパソコンが稼働しています。
 そして,それらのすべてのパソコンとホストマシーン2台とが社内LANでつながっていて,情報を共有化できるようになっています。
 ですから,私どもの会社経営は,経営管理上,あるいは技術部門の業務処理をするうえでも,コンピューターなしには仕事ができない状況になっています。

西野
 本当に早い段階から,先のことを考えてOA化に着手されてきたんですね。

向井
 そうですね。例えばCADを導入したのは昭和60年で,歳月の経過と共にライブラリーに蓄積される情報量は莫大になるわけです。そうなると,後発企業はなかなか追いつけないでしょう。
 やはり何でもそうですが,時代の先を読む企業が発展していくと思うんですね。そういう意味では,時代を常に先取りしながらやってきたつもりでいます。

西野
 いつも大体どのぐらい先を見越していらっしゃるんですか。
 
向井
 10年ぐらい先ですね。

西野
 では,この10年先に向けて強化しようと考えている点はどこでしょうか。
 
向井
 いまIT時代と言われていて,建設業もいろいろな意味で情報化が進んでいくと思います。ただ,一概に情報化といっても多岐にわたり,対応方法もいろいろあります。その対応の仕方は企業が選ぶ選択肢で変わるわけですが,その選択肢を間違えなければ,ゼネコンにしろ専門工事業者にしろ,かなり発展のめどがついていくのではないでしょうか。
 
西野
 その選択肢を選ぶところで迷われている方もいらっしゃると思うのですが,向井社長は選択肢を選ぶときに何を基準に判断なさるのですか。
 
向井
 いろいろなものを見たり,聞いたり,読んだりしますが,一番間違わない選択肢を選ぶには,やはり「現場に帰る」ことだと思います。現場で何を必要としているのか,それに基づいて地に足がついた計画を考えていけば,際限なくいろいろなアイデアが出てくるのではないでしょうか。机上の空論ではなく,まず現場を見て,我々が考えていることが適合するのか,次に必要とされることは何か,常に検証しながらやっていくことが大事ですね。
 私はいつも社員に,「社内の管理部門の人間はともかく,現業社員は現場に行ってものを見てこい,聞いてこい。そうするといろいろなアイデアがわいてくる」ということを言っています。

西野
 では,現場に行かれた社員の方たちがいろいろ見聞きしてきて,その報告を聞いて判断されているのですか。
 
向井
 いえ,私は自ら現場に行っています。そういうことは,社員に任せていてはダメです。やはり社長というのは常に最先端を切っていないと。ただ,自分が考えたことが絶対ではないですから,今度は社員といろいろと話しながら,私の考えに対して意見を求めます。そうすると,社員たちは自分が見聞きしたり体験したことを基に,いろいろな意見を返してくれます。そうやって意見を交わしながら,どういう選択肢にするのか,判断するわけです。最終的には,「じゃあ,こういうふうにしよう」っていう,私の押し付けが多いんですけれど(笑)。
 

「新生産システム」の開発

 
西野
 今後,何か開拓していこうというアイデアはありますか。
 
向井
 数年前まで右肩上がりで成長してきた建設業界も,今はご存じのとおり厳しい状況になり,絶対工事量の減少,施工単価の下落などで,売上高は下降気味です。それをカバーするために,一現場当たりの売上高をいかに確保するかが課題となります。例えば,いままで10か所あった現場が半分になったとしても,1か所で今までの倍の受注高があれば,これまでと同じレベルの受注高は確保できるわけです。
 そこで,私どもがこれから売り物にしたいのは,超高層の住宅工事ですね。 100メートル以上の建物の住宅については,向井建設の一つのシステムで一貫した施工を任せていただく。先ほども述べました安全,品質,そしてコスト面で,競争力を持った商品をつくり上げていこうと思っています。超高層マンションの工法については,ぜひともわが社の売り物にしたいですね。
 次に,鳶土工事と型枠工事が組むことで,コンクリートの品質保証をすることです。躯体構造物の最終形態はコンクリートですから,その品質保証活動を徹底して,後工程の仕上げの工事業者や設備業者が安心して現場に入ってくるような躯体構造物をつくっていきたいと思っています。
 鳶土工事と型枠工事を合体し,施工の効率アップ,生産性の向上,コストダウンを目的としたものを,私たちは「新生産システム」と呼んでいますが,これからも,新しい受注形態にチャレンジしていきます。
 

人材育成には時間もお金も惜しまない!

 
西野
 今度は社員教育・人材育成に関してお話を伺いたいのですが,向井建設さんではかなり力を入れていらっしゃいますね。
 
向井
 経営理念というのは,ただ掲げるだけではなくて,実践するためにあるものです。ですから,人材の育成については,非常に力を入れてやっています。
 まず昭和46年に高卒,昭和48年に大卒の定期採用を始めました。当時の仕事の教え方は,どこの会社でも同じような感じだと思いますが,とにかく現場へ出て仕事を覚えて一人前になれ,という方式でした。正直申しまして,私どもも同様な方式だったのですが,それではなかなか人が定着しないということがあって,教育体系を整備して,平成5年には新人事制度を確立しました。そして今は,階層別の教育,OJT,自己啓発,新入社員研修などを行っています。
 新入社員研修は,社内および富士教育訓練センターにおいて,技術・技能研修を行っています。また,職長の能力で会社の評価が左右されるので,SK研修(職長研修)は毎月,小グループに分かれて勉強会をしています。この成果として,STマニュアル(スキル・テクニシャン・マニュアル)を作製しています。これは職長たちが持っている経験業務の中で体得した知識の共有化を目的としたもので,現場で安全に作業をするため,あるいは品質を向上させるために各職長が固有に持っていた工夫や智恵を文書化し,広く伝承しようとするものです。パソコンに入れて,必要あれば職長や現場担当者が引き出せるようにシステムを組もうとしています。これは,先ほど触れた,他社との異質化・差別化という話につながっていきます。
 それから,統括職長研修を1年かけてやっています。新生産システムに対応する人材育成として,例えば本業が鳶土工事の人に型枠工事や鉄筋のこともわかるようにする,要するに周辺業務のことについてわからないと職長を束ねる1ランク上の職長になり得ないので,そのために行っている研修です。すでに30名近くが研修を受けています。
 さらに,それをまとめる工事長(親方)がおりまして,経営計画や年間方針の立案,予算書の作成などができる能力が修得できるように,あらゆる形で教育をしています。また,技能者が参加する「技能オリンピック」を開催して,職人たちが技を競い合う場も設けています。
 とにかく,人材育成・人材教育はとても重要なことなので,時間もお金も,惜しみなくかけてやっていきたいですね。
 
西野
 能力がある人が,どんどん上がっていける感じがしますね。
 
向井
 そうです。学閥,閨閥,門閥などは一切ありません。完全に実力主義です。ですから,若い人でも能力があればどんどん昇進していきます。昨年末,37歳の取締役が生まれました。
 また,私どもは,第一線で働いている社員に,かなり権限委譲をしています。例えば何千万とか何億円規模の契約は,担当レベルでもできます。それが20歳代だろうと30歳代だろうと関係ありません。契約が難航した場合はその上のPC長(プロフィットセンター長)が対処することもありますが,基本的には担当者が行います。
 
西野
 これからは,世の中全体がどんどん能力主義になっていくでしょうし,それは大切なことですね。
 
向井
 本人の能力に見合った待遇と報酬が得られるのは当然のことです。待遇と将来性が確保されるというのは,誰でも望むことですから,やはり社員の考えた発想が経営に生かされるような組織風土をつくっていきたいですね。言葉をかえて言うと,経営者に将来なりたい,ならなきゃいけないという意識を持った人たち,私の考え方をどんどん乗り越えていって私以上に仕事ができる人たちを,たくさん育てていきたいですね。
 

契約制度,法体系の見直しを!

 
西野
 今度は業界のことについて伺いたいのですが,業界の問題点はどの辺にあるとお考えですか。
 
向井
 やはり「契約」が最重要課題です。発注者とゼネコンの間でも契約が不明確で,その状態のまま仕事に取りかかってしまうから,お互いに考えている思惑が異なり食い違いが出てきて,経済的問題を含め,いろいろなトラブルが発生してしまっているように思います。
 それから,ゼネコンと我々専門工事業者の間でも,契約はあいまいですね。内容をきちっと詰めずに契約して,後で話し合うようなところがあって,トラブル発生の要因となります。業界の多くの問題は,そこに端を発しているのではないかと思います。
 例えばアメリカでは,契約については非常に細かく,設計図書などは日本の4倍も5倍も分量があります。仕様書についても,疑問の余地のないように全部決められています。そこに記載されてないものについては,やらなくても全然問題ありません。
 日本の場合は,契約もなしに「とにかくやってくれ」という形で始めたり,施工の請負部分がはっきりせず,矛盾が生じていることもあるので,本当に建設業界を良くしていこうと思うなら,まず契約制度,法体系の見直しなど,しなければならないことがたくさんありますね。
 
西野
 その他,建設業界の中で変わっていってほしい点はありますか。
 
向井
 これもかなり難しい問題ですが,建設業界の,発注者,ゼネコン,サブコンという縦型社会がもう少し並列化して,いわゆる「元下」関係という状況を改善していかねばと思っています。
 今後の問題としては,ゼネコンの経営状況が悪化すると,現場管理者の数がどんどん少なくなってきます。すると,その分,専門工事業者が担わなければならない責任が大きくなってくるわけです。
 しかし,現実問題として,現場の職長では対応しきれない面がたくさんあります。つまり人材不足,能力不足という現象が起きてきます。
 今後は,専門工事業の経営者がもっと自己改革といいますか,自助努力をして経営レベルを上げていく努力をしないといけないですね。個々の企業が良くならないと,業界全体が良くならないと思います。
 

夢は現場作業者が報われる業界の実現

 
西野
 今の時代,どこの会社の社長さんも非常に大変で,背負う責任もどんどん大きくなっていると思うのですが,社長はどのような信念をお持ちですか。
 
向井
 信念といいますか,自分の考えた夢とかあるべき姿,言葉を変えると理想といいますか,それを追求していきたいですね。仕事をするうえで,社長というのはそれができる立場だと思います。   
対談写真 やはり,誰でも自分のあるべき姿や理想を追い求めたい。しかし,会社の中にあって,サラリーマンというのはなかなかそれができないですよね。それが,自分の考えたことが5年後,10年後に少しずつ具現化していく。例えば,うちの社員の質は昔と比べてはるかに上がっています。当然それに基づいて世間の評価も高まりますね。これが社長として一番うれしいことであり,やりがい,生きがいでもあります。
 
西野
 いまおっしゃった“夢”というのは具体的にはどんなことですか。
 
向井
 いろいろありますが,現場で働いている人たちの地位の向上,待遇改善を,何としても実現したいですね。現場で働いている人が報われるような業界をつくっていきたいです。
 現場の第一線で働いている作業者がいなければ建設業界は成り立たないのに,この人たちがいま犠牲になっています。非常に熾烈な受注競争をやって安い価格で仕事を取るから,それがどんどん下へ下へとしわ寄せされてきて,最先端で長年腕を磨いてきた一級の技能者が,最低賃金保障法に保障されている金額より少し多いくらいの賃金しかもらっていない。そんなばかな話はないですね。
 彼らがそういう境遇にあることについては,私たち自身にも責任があると思います。だからこそ,先ほどもお話したように,生産システムを変えて,当社で受けた仕事については,こういう方法で仕事をすれば彼らにこういう賃金を払えるという仕組みを確立していかないといけないと思っています。同業他社がまねできるような仕組みでは,結局,不毛な価格競争になるだけです。そういうことを繰り返すのではなく,仕組み自体を変えないといけない。そうすることによって,待遇を変えることができると思うんです。それを夢見ています。
 


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