職長さんこんにちは

第7回:吉田建設工業(株) 深川哲雄 氏

 今回の職長さんは,東京・中央区に本社がある吉田建設工業(株)の深川哲雄(ふかがわ てつお)さんです。深川さんは,建設業界43年の大ベテラン。防水工事の職長さんです。今までお話を聞いた職長さんの中では,一番年長の60歳。職人としての長い経験で培った技で今も元気に現場で活躍されています。防水については,知識があまりなかったものですから,普段の仕事内容は聞きたいことばかり。また,長くお仕事を続けることは難しいことですが,その秘訣などをお聞きしたいと思います。
深川哲雄 氏

   ★料理人になりたかった



――このお仕事に入られたきっかけを教えてください。



「学校を卒業してから,中華料理屋の見習いになりました。実は,料理人になりたかったんです。出身が福岡の博多なので,そこで見習いとして修業を始めました。その時に店のそばに建設現場があったんですが,そこの左官の親方と知り合いになったんです。親方に『今度の現場は北海道だけど一緒に来るか』と言われて,北海道に行ってみたいという軽い気持ちで左官の仕事につきました。16歳の時です。それから,親方の元で4年間修行して,左官の仕事は16〜7年くらいやっていました。その後,東京でがんばってみようと上京したら,左官の修行時代の友達にばったり会って,今の会社を紹介してもらいました。防水の仕事をするようなってから,25年くらいになります。」





――なぜ,左官の仕事から防水の仕事に移られたのですか?



「まずは,本当に偶然に友達に再会したことが理由の一つです。会おうと約束していたわけでもないし,どこにいるかも知らなかったわけですから,ばったり会った時は運命みたいなものを感じました。あとは左官の仕事だと,独立しようと思っても,職人の人数が揃わないと難しいけれど,防水の仕事なら一人でも独立できるかなぁと思って。でも,結局独立せずにずっと会社にいるけど(笑)。」





――防水のお仕事は具体的にはどのようなものになるんですか?



「今は地下水槽などの地下の仕事が多くなっています。地下の山留面に特殊シートを張ることにより,地下のコンクリートを打設した後でも地下水をシャットアウトすることができる先付防水といわれる工事が多いです。あとは仕上げの段階になると,建物の廊下などのウレタン防水や防塵防水,屋上のパラペットなどの防水もします。こちらはシートではなく,ローラーで防水剤を塗っていきます。塗装の仕事に近いですね。建物は雨などが浸水することで,どんどん傷んで老朽化していきます。防水の仕事によって長持ちさせることが出来るわけですから,大切な仕事だと思います。」





――職長としてはどのような仕事をしていますか?



「全体の作業工程にあわせて,職人の配置をします。施工場所によって材料も異なりますので,その指示も的確にします。防水の仕事は,数多くの薬品や材料を使い,なかには取り扱いに注意を要するものもあります。何種類かの材料を混ぜる時もあるので,そういう時は必ず作業する前に混ぜる割合などを確認しています。安全管理も職長の仕事です。特に,換気の悪い地下での施工などは気を使っています。空気の入れ換えをまめにして,事故が起きないようにいつも注意しています。あとは,職長の仕事ということではないのかもしれませんが,現場で必ず安全標語を作っています。前の現場では,最優秀作品に選ばれて,現場事務所の入り口にずっと飾られていました。すごくうれしかったですね。」




   ★ここで深川さんの作品を紹介します
     
◎ひとこえを かける勇気が 無災害 あなたのマナー 職場の手本
     ◎安全は 人に頼るな まかせるな 自分で確認 自分で実行



――職長の仕事で一番大事なことは?



「職長同士のミーティングを密にすることですね。いろいろな業種の方がいるので,作業の段取りなどはきちんと確認することが必要です。それによって,作業効率もよくなるし生産性も向上します。職長同士の仲が良ければ,もっと作業しやすくなります。人間関係が一番大切かもしれませんね。」



   ★『目くばり 気くばり 心くばり』
     


――建設業界に43年の大ベテランですが,ご自身の若い頃と比べると業界は変化していますか?
   また,今の若い職人さんについて何か思うことは?



「自分の若い頃は,親方が本当に恐かったんです。作業中に怒鳴られるのはしょっちゅうで,左官の修行時代はこてでゴツンとやられることもありました。でも,そのおかげで『一人前になってやる』とがんばることができました。今思うと本当にいい経験だったように思います。今の若い人には,自分の時と同じようには出来ないですね。時代が違うということもありますが,怒鳴っても決していい方向にいくとは限らないんですよね。ただ,現場では『目くばり・気くばり・心くばり』が出来ることがすごく必要だと思うので,そういうことはしっかり教えていきたいと思っています。年齢差があるので,若い人にとけ込めるように,また負けないという気持ちでカラオケではサザンや玉置浩二などの歌をよく歌います。みんな初めはびっくりしますよ。その顔を見るのも楽しいので,これからも若い人には負けずに歌おうと思っています(笑)。」





――防水のお仕事の魅力はどんなところでしょうか?



「防水はどんどん新しい工法や材料が出てくる業界なんですよ。半年もすると新しい材料が出てくるので,日々研究をしないとやっていけません。日々新しいことを研究して,挑戦できるところが魅力ですね。新しいものが出てきても,基本をしっかり把握しておかないと,使うことができないんです。だから,経験も必要とされるし,また,日々勉強するという気持ちが必要です。これからも,新しいことにチャレンジしていきたいですね。」





――『吉田建設工業』さんの会社としての魅力はどんなところでしょうか?



「社員みんなが仲良くて,和気あいあいとした雰囲気のところです。みんな仲が良いといってもなれ合いみたいなものはなく,仕事に対しては一人ひとりまじめに取り組んでいます。月に1回,会社の役員と職長が集まって現場の災害防止などの安全について,討論会を開いています。自分が中心になってもう18年近くやっていますが,各現場での事例から,どうしたら安全に作業できるかをみんなの意見を聞いていくんです。会社全体で,現場の安全を考えることは何よりも大切なことだと思います。そうすることで,社員の結束も強くなっているような気がします。」





――長く同じお仕事を続けていくのは,簡単なようで大変難しいと思います。
   長く続けてこれた秘訣があったら教えてください。



「秘訣と言われると難しいですね。でも,この仕事をしているといろいろな人との出会いがあるので,その人間関係があるからだと思います。現場に入ると,何度も顔を会わせる他の業種の職人さんや現場所長さんがいます。なかには売店などの人も同じ人だったりする場合もあります。そういう方々と昔の懐かしい話をしたりすると,『続けてきてよかったな』と思います。そういう出会いってかけがいのないものだと思うんですね。あとは,さきほど話した防水の仕事をするきっかけをつくってくれた友人ですね。もう,彼とは40年以上のつきあいになります。同じ会社にいて2人で助け合い励まし合って,またお互いをライバルだと思って今までやってきました。40年以上もつきあえる友人がいるなんて自分でもすごいことだと思います。彼がいなかったら,今の自分はないと思うしすごく感謝しています。お金では買えない自分の宝物です。」





――毎日お仕事大変だと思いますが,ストレス解消法や趣味などあったら教えてください。



「趣味といえるかどうかわからないけど,社交ダンスが好きでたまにやっています。若い頃に少しやっていたんですけど,最近また始めました。数十年ぶりにやった時は出来るか不安でしたが,案外覚えているものですね。私の若い頃は,大きい会社でダンスパーティなどが開かれていたんです。かっこいいところ見せたいから,当時は一生懸命でしたよ(笑)。今は,楽しみながら踊っています。」





――他にお休みの日にされていることはありますか?




「昔はいろいろやりました。ゴルフもやってたし,アイススケートなどもやりました。今は散歩です。家の近所の公園などに行ってのんびりしています。」




   ★生涯現役



――建設業界について思うことは何かありますか?



「建設業界は,賃金などの待遇面がまだまだですよね。今の若い人は,サラリーマンのような給料体系じゃないと入ってくれないと思うんですよ。賃金の他にも保障の問題もありますね。安心して働くためには,まずシステムを確立しないといけないと思います。昔は『ケガと弁当は自分持ち』なんて言ってましたが,確かに安全管理は個人一人ひとりがきちんとしなくてはいけないけれど,万が一ケガをした時の保障などは,全体で考えていかなくてはね。そういうところがちゃんとしてくれば,もっと若い人も入ってくるように思うんだけど…。」





――最後に今後の抱負をお聞かせください。



「体が元気なうちは現場で働いていきたいですね。まだまだ若い人には,腕では負けない自信があります。いつまでも現役でがんばっていきたいですね。その後は,自分の家で出来る商売とかやってみたいです。コンビニなどでいいんですけど,お客さんがお金を持ってきてくれるようなことがしてみたい。今は,自分が現場に行かないとお金もらえないからね(笑)。」



◎取材を終えて
関矢良子さん  お会いするまでは60歳という年齢から,「頑固で恐い」職長さんを想像して,緊張しながら取材先の現場まで行きました。出迎えてくれた深川さんは笑顔満面の大変優しそうな方。それまでの不安はいっぺんになくなってしまいました。防水の仕事は具体的な作業内容がわからなかったのですが,写真や図表が載っている資料をわざわざご用意してくださり,大変わかりやすく説明をしてくださいました。説明を聞きながら,若い職人さんに優しく指導されている深川さんの姿が想像できました。
 『現場にいると,みんなが話しかけてきてくれるのがうれしいね』とニコニコ話す深川さん。その人なつこい笑顔を見ていると,現場でもみんなに慕われているのだろうなと納得してしまいます。人とのおつきあいを大切にし,友人は宝物とおっしゃっていましたが,深川さん自身が周りの方々にとって,なくてはならない大切な存在になっているように思います。これからも『深川スマイル』を絶やさず,いつまでも元気でがんばって下さい。応援しています!!
(聞き手:(財)建設業振興基金 関矢良子)

HOME