職長さんこんにちは

第8回:(株)長南工務店 西村 司朗 氏

今回お話をお伺いしたのは,東京の国分寺市にある(株)長南工務店の西村司朗(にしむら しろう)さんです。西村さんは山形県のご出身で,型枠大工38年のベテラン職長さんです。平成7年に建設マスターの顕彰を受彰され,現場で自ら作業するかたわら,たくさんの後進の方を指導され,何人もの職長さんを育てています。鉄筋コンクリートなしでは語れない現在の日本の建築物には,型枠大工の仕事はなくてはならないもの。建物を強靱にするコンクリートを扱う型枠大工の職長さんはどんな方なのかすごく楽しみです。 西村 司朗 氏

   ★面白くて……



――このお仕事に入られたきっかけを教えてください。



「山形の出身なんですが,高校1年の春休みに姉の旦那さんの仕事を手伝うアルバイトをするため,東京に来たんです。姉が結婚して東京に来ていて,旦那さん,つまり義理の兄が型枠大工の仕事をしていたんです。春休みの間だけという約束だったのですが,仕事がすごく面白くて休みが終わっても山形に帰りませんでした。両親は高校は卒業しろと言うので,一応休学届けを出しはしましたが,結局学校には戻りませんでした。16歳の時からですから,もう38年ぐらいこの仕事をしています。」





――このお仕事は大変だと思いますが,なぜ,高校をやめてまで就こうと思われたのですか? 「面白くて」とおっしゃっていましたが,どんなところが?



「自分でも何が面白かったのかよくわからないけど,とりあえずその頃はすごく面白くて,ものづくりが楽しかったんですよ。あとは,中学卒業してすぐ働いていた1年先輩の同じ年齢の人がいて,彼らと一緒にいられるのが楽しかったんですよね。もちろん,1年経験が違うから,向こうのほうが全然仕事も出来るんですよ。早く追いつきたいと思ったし,がんばろうと思いました。でも,やっぱり同じ年頃だと話も合うし,一緒に仕事するのが楽しかったんだと思います。」





――「型枠大工」の具体的な仕事内容を教えてください。



「まず,とびさんが足場を組みます。その後鉄筋で基礎を作ります。鉄筋にコンクリートで肉付けしていく,人間で言うと筋肉を付けていくのが型枠大工の仕事です。現在は鉄筋コンクリートの建物がほとんどですから,型枠大工の仕事は必ず必要になりますね。以前はコンクリートを打った後,左官さんが上から仕上げてくれたけど,今は打ちっ放しですぐに塗装されたり,タイルを貼ったりするから以前にも増して気を使いますね。5mmでも違ってくると,予定していたガラス窓などが入らなくなることもあるわけですから,精度が要求されます。一瞬でも気をぬくことはできません。」





――職長としての仕事内容を教えてください。



「まずは,安全管理・工程管理ですね。自分が預かっている職人がケガをせずに作業していくことに一番気を使います。自分が職長になってからは大きな事故はないのですが,職人の中には性格上おっちょこちょいの人もいます。そういう人はすり傷などの小さいケガが多いので,他の人よりも注意を払うようにしています。あとは,工程にあわせた職人の配置ですね。向き不向きの仕事がそれぞれありますから,職人一人ひとりにあった作業を割り当てるようにしています。あっている作業をさせることで工程もスムーズに進みますから。」





――――職長の仕事で一番大事なことは?



「現場で他の業種の人とうまくやっていくことが一番大事ですね。やっぱり,どの業種の人も自分のところがスムーズに作業できるほうがいいわけですから,どうしても『自分のところが〜』という感じになってきますが,型枠大工の仕事は順番を変えて施工できるところがあるので融通がききます。私の場合,ゆずれるところはゆずるようにしています。そうすることで現場がうまくいったほうがいいですからね。職長同士が仲良い現場は仕事もスムーズだし,きちんと仕上がるように思います。でも,仲良くできればいいやと自分がゆずっちゃうのは性格かもしれないですね(笑)。」




   ★「自分でいいのか……」




――建設マスター顕彰を平成7年に受彰されていますね。その時はどんなお気持ちでしたか?



「『自分でいいのかな』と思いました。たくさんの職人さんがいて,自分よりも腕がいい優秀な方もたくさんいると思うんです。本当に自分がもらってもいいのかなと。でも,やっぱりうれしかったですよ。数多くの人の中から選ばれたわけですから。すごく励みにもなりました。これからもますます職長としてがんばらなくちゃと気合いが入り,心構えがひとつ増えました。受彰もうれしかったんですけど,受彰会場に以前何度か一緒の現場になった内装仕上げの職長さんがいたんですよ。こんなところで偶然出会えるなんて,すごくうれしくなってしまい,2人で昔話に花が咲きました。一緒にがんばっていた人と,同じ時に受彰できるなんてうれしいじゃないですか。」





――型枠大工のお仕事の魅力はどんなところでしょうか?



「まずはいろいろな人と出会えるところが魅力ですね。現場でたくさんの他の業種の職長さんや職人さんと知り合うことが出来ます。人間関係で苦労する点もありますが,たくさんの人との出会いはかけがえのないものです。あとは,自分の造ったものが残るところですね。さきほども言いましたが,最近はコンクリート打ちっ放しの仕事が多いんです。打ちっ放しだと,仕上げにごまかしがきかないし,自分の仕事ぶりが見えるところがいいところかもしれません。あとは自分の力次第で良くなったり,悪くなったりするところも魅力です。数多く現場を経験していますが,すべて施工方法が異なります。まるっきり全部違うわけではありませんが,普通の建物でも20〜30%,少し変わった設計になると50%くらいは,職長が工夫して考え,作業を進めていくことになります。自分で考えて工夫次第でいくらでも良い仕事が出来るようになるわけですから,やりがいがあると思います。」





――『長南工務店』さんの会社としての魅力はどんなところでしょうか?



「社長ですね。うちの社長は本当に仕事熱心で目が利きます。現場に来ると細かいところまで目が届いて,いろいろアドバイスしてくれます。請け負った仕事はきちんと仕上げるという姿勢が,お客様の信頼を得ているんだと思います。社長とは入社以来,家族ぐるみでおつきあいさせていただいています。仕事には厳しいですが,それ以外の時はなんでも気さくに相談に乗ってくれる人です。いままでがんばってこれたのも,社長の人柄のおかげだと思います。」





――職人さんとしても,職長さんとしても大ベテラン。西村さんがお若い頃と比べて,何か変化したことはありますか?



「自分の若い頃に比べたら,本当に今の現場は便利になりました。昔は,クレーンみたいなものはなかったですから,材料なども全て人間が運んでいたんですけど,これが重いんですよ(笑)。今は,全て機械で持ち上げられるから楽になりました。後は携帯電話ですね。携帯を使うようになってからは,監督さんに聞きたいことをすぐ電話して教えてもらえるようになりました。ちょっと前までは監督さんに用事があってもなかなか見つからず,困ることが多かったんです。大きい現場だと何時間も見つからないで,ずっと探してたりもしました。今は電話して,すぐに指示してもらえるから便利になりましたね。
 あと,自分の若い頃と変わったことといえば,職人としてがんばろうというやる気のある人が少なくなったことです。自分のところから4人が職長として育っていきましたが,彼らは仕事に取り組む姿勢がはじめから違いました。もっと,彼らみたいにやる気のある人にいっぱい入ってきてほしいですね。」





――――ストレス解消法や趣味などあったら教えてください。



「昔は渓流釣りで,今は山菜採りですかね。若い頃は,毎週お休みになると実家のある山形のほうまで釣りに行きました。土曜日の夜仕事が終わってから,車で高速道路を飛ばして行って,翌朝早くから釣りをします。お昼ぐらいまで釣りをしたら,実家で一休みして帰るという感じです。家に着くのは夜中で,また翌朝からは現場に行っていました。今は,そんなこと出来ないですよ(笑)。釣りの代わりに,今は毎年秋になると,富士山のほうなどに仲間と行って,ハイキングしながらきのこや山菜採りをしています。採ったものは,その場でみんなで調理して食べます。これがすごく美味しいんですよ。だから毎年秋は楽しみなんです。」





――他にお休みの日にされていることはありますか?



「あとは家でのんびりしています。猫と犬を飼っているので,遊んでいます。どの子もかわいいんですよ。動物たちと一緒に遊んだりすると,すごく心がなごみますね。」




   ★難しい仕事に挑戦していきたい!!




――建設業界について思うことは何かありますか?



「この仕事は教科書やマニュアルみたいなものがないんですね。仕事を先輩から教わったり,また先輩の仕事ぶりを盗んでいかないといけないんです。やる気がないとやっていけないですよね。今は,やる気のある人が少なくなってきているので,職長になれる人も減ってきているように思います。将来,職長がいなくなってしまうのではないかと心配になります。若いやる気のある人にどんどん入ってもらって,この業界を支えていくような将来の担い手がたくさん出てくるといいですね。」





――最後に今後の抱負をお聞かせください。



「がさ物をやりたいですね。がさ物というのは,変わったつくりの建物のことをいいます。やく物という人もいますね。四角い建物よりは,円形など曲線のもののほうがやはり難しいし,手間もかかります。変わった設計の建物は難しいですが,すごくやりがいがあるし,職長としての腕が試されます。この仕事は生涯勉強・工夫だと思います。自分は,新しい工法などはなるべく取り入れて挑戦していきたいと思っています。努力を忘れずにいい仕事をし続けたいですね。」



◎取材を終えて
関矢良子さん 取材場所となったのは国分寺市にある会社で,約束の時間にお伺いしたら「どうもご苦労さまです」と山形弁まじりににこやかに出迎えてくれました。若い社員さんと一緒に出迎えてくれたのですが,皆さん西村さんを慕っているようで,和気あいあいとしたなごやかな雰囲気です。西村さんの人柄の他,長南工務店さんの会社の良さを感じることができ,いい仕事をしている会社なんだろうなと生意気にも思ってしまいました。
 38年の経験を持つベテランの西村さん。たくさんのお話を聞くことができました。昔と今の現場の違い,便利になったこと,便利になったことですこし寂しく感じることなど。長い経験から出てくる言葉はどこか重みがあり,また,西村さんがどんなに職人としての誇りをもって仕事をしているのかが感じ取れました。
 西村さんは業界にやる気のある若い職人さんが少なくなっていることをすごく残念がっています。「職長を育てたい」と強い気持ちを表すように話す姿を見ていると,西村さんのような方がいるかぎり,型枠大工業界・建設業界の将来は安泰のような気がします。
(聞き手:(財)建設業振興基金 関矢良子)

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