職長さんこんにちは/第14回(株)渡部工務店/高橋孝男 氏 (聞き手:(財)建設業振興基金 関矢良子)

高橋 孝男 氏
▲高橋 孝男 氏
 今回お話をお伺いしたのは,東京都足立区の(株)渡部工務店の高橋孝男(たかはし・たかお)さんです。高橋さんは20年以上の経験をお持ちの大工の職長さんで,昔ながらの伝統の技と新しい工法両方の知識を持ち,会社でも皆さんから信頼されているリーダーです。
 『大工さんになりたい』という小さい子供が最近多くなっているようですが,私も子供の頃はかんなをひく大工さんの見事な仕事ぶりを夢中になって見ていた記憶があります。そんな誰もが小さい頃に一度は憧れる大工さんのお仕事について,いろいろ聞いてみたいと思います。



★夢づくり
 このお仕事に入られたきっかけを教えてください。
 私は,福島の喜多方の出身なのですが,父がやはり工務店の仕事をしていまして,自分も同じ仕事に就こうと昔から思っていました。子供の頃から,いろいろなものを作って遊ぶことが好きでしたし,幸い家には遊ぶための材料が豊富にありましたから。実家で仕事を始めても良かったのですが,外で修行したほうがいいと思い,父と社長(現在の会長)が知り合いだったので渡部工務店に入社しました。しばらく修行したら,実家に戻って継ごうと思っていたのですが,結局こちらでずっとお世話になっています。
 「大工」のお仕事は具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?
 こちらから質問なんですが,将来はどんな夢をお持ちですか? 住んでいく家について何かこうしたいなという考えとかありますか?
 私は子供の頃から現在までずっと住んでいる今の場所が大好きなので,できれば,いつまでも住んでいけるような家が持てたらうれしいですね。
 大工の仕事は,そういう皆さんの夢のお手伝いをするものなんです。こんな家に住みたい,あんなキッチンが欲しい,和風の造りがよいというお客様一人ひとりの希望を聞いて,平面図から実際にお客様に喜んでいただけるような家を造っていきます。私は大工の仕事は「夢づくり」だと思っています。お客様皆さんの夢づくりの仕事をしていると思うと,一瞬でも気は抜けないですし,手を抜くことは出来ません。一つひとつの現場,作業に心をこめてやっています。
 「夢づくり」……すごく良い言葉ですね。でも,お客様の夢はみなさん違うと思うので,ご苦労も多いのでは……。
 一人ひとりまったく違いますね。建築する場所の大きさや予算,建てたい家の形。施工する前にお客様と相談するのですが,施工中にも『やっぱりこうして欲しい』という突発的な要望も多くあります。大工の仕事は臨機応変に対応できなくてはいけません。即時に判断して作業することは,工期内に納めるためにも必要ですし,また少しでも早く対応することでお客様にも納得していただけます。
 大変なことも多くありますが,お客様に満足していただければ,苦労もどこかにふっとんでしまいますね。
 職長としての仕事内容を教えてください。
 安全管理・工程管理・予算管理です。私の仕事は家を建てることですから,お客様が『いつまでに住めるようにして欲しい』と言われれば,がんばって納めるようにしています。あと,ケガなど事故を起こさないよう安全管理には十分注意しています。職人さんたちには家族もいますし,また事故を起こしてしまうと,お客様もいい気分にはならないと思いますから。
 予算管理に関しては本当に大変になっています。予算がないのに,作業内容は前と変わっていないわけですから。材料などに無駄を出さないようにして,品質の良いものをお客様にお渡しできるようにいつも心がけています。

★若いパワーで新しいことにチャレンジ!
 印象に残っている現場などはありますか?
 やはり少し変わった建物や大変だったものは印象に残っています。でも,たいがいはひとつの現場を終えて新しい現場にいくと前の現場のことは忘れてしまいます。いつでも進行中の現場で頭がいっぱいになってしまっていますね。
 ただ,前の現場で得た知識などは次の現場で活かすようにしています。
 渡部工務店さんの会社としての魅力をお聞かせください。
 社長が世代交代して若くなり,会社全体の平均年齢も若返りました。自分は年輩のほうになってしまったんですけど(笑)。若いパワーや考えでどんどん新しいことにチャレンジして,どんな仕事を出来るのか
考えると,すごくワクワクしてしまいます。
 あと,我が社は営業活動は一切していないんです。それは,ひとつの仕事をしっかりやることで信頼や評判を得ることによって,次の仕事がいただけるからです。これからも,一つひとつの現場をきちんとして,次の仕事またその次の仕事へつながるように皆さんに満足していただける仕事をしていきたいと思います。
 お仕事以外のことも聞かせてください。何か休日にされていることや趣味などありますか?
 工期が厳しくなると,休日返上になることが多いので,休めた時はなるべく子供たちと出かけるようにしています。公園に行ったり,ローラーブレードなどで遊んだりしていますね。
 あとは,家でテレビでバラエティ番組などを見てのんびり過ごすことが多いです。仕事の時は一切気を抜けないので,それ以外ではリラックスするようにしています。
 
りょうこのひと口メモ
◎建設現場のおもしろ用語
 みなさんの周りでも,他の会社の人や他業種の人が聞いたら「何のことかな?」と首をかしげてしまうような略称や通称などがあるのではないでしょうか? 建設現場でもそういう言葉が多くあり,道具や作業がいろいろなおもしろい言葉で表現されています。
 有名なところでいうと「ねこ」。これはコンクリートなど資材を運搬する時に使う一輪車のことです。また,現場には「うま」もいます。作業するときに使う歩み板をのせる台として使われることが多い,持ち運びができる台のことをいいます。地方や業種などにより表現が違うこともあると思いますが,現場ではこの他にも動物や昆虫や植物などが様々なところで活躍しています。そんなおもしろ用語を探してみるのも楽しいかもしれません。

★「匠の技」を永遠に……
 建設業界,大工業界について思うことは何かありますか?
 最近常に思っているのは,昔ながらの作業をする現場が本当に減っているということです。昔は木材をのこぎりで切り,かんなをかけて,手作業で組み立てていましたが,今は工場で出来た材料をマニュアルにそって組み立てていくという感じです。私の若い頃は,昔からの『匠の技』を駆使した現場がまだありましたが,今の若い職人たちはそういう現場の経験がありません。大工の技は本当にすばらしいと思います。それを次の世代にきちんと伝えていきたいと思っていますが,実践の場が少なすぎます。自分たちの代でなくなってしまうのは,本当に寂しいですし,つらいことです。永遠にすばらしい『匠の技』が残せればいいなぁと思っています。
 最後に今後の抱負をお聞かせください。
対談写真 お客様に満足していただけて,自分も満足できるよう一つひとつの仕事をきちんとしていきたいと思っています。お客様は多種多様のご希望をお持ちです。地震に強い構造の家,誰もが安心して住める環境に良い素材を使った家,お年寄りなどでも不自由なく暮らしていけるバリアフリーの家。なかには,人とは違うものに住みたいと変わったデザインの家を希望される方もいます。家は住む人の思いを託すものですし,決して安い買い物ではありません。皆さんの夢を実現させるためにも,これからもがんばっていきたいと思います。


◎取材を終えて
関矢良子さん 取材先となった渡部工務店さんのある場所は,都電の駅から少し歩いたところで,隅田川と荒川が近くにある本当に雰囲気の良いところでした。渡部工務店さんのたたずまいも高橋さんご自身も,街の雰囲気にぴったりとあった優しい感じです。
 取材を何回かしてきましたが,今回は初めて質問をされてしまいました。「どんな家に住んでみたいと思いますか?」と聞かれた時は,普段から思い描いている将来の家について話してしまいましたが,私の話をにこやかにそして真剣な眼差しで聞いている高橋さん。お客様の話にもあんな感じで真剣に耳を傾け,そして「夢」の実現のために一生懸命に取り組んでいるのだなと感じました。会社で営業を一切していないとおっしゃっていましたが,仕事ぶりを見て「自分の家も……」と思う方が多いのがわかる気がします。私も自分の夢を託すのは,高橋さんのような大工さんがいいなぁと思いました。
 大工の仕事は「夢づくり」。自分の仕事をこんなすてきな言葉で表現できるなんてすばらしいことだと思います。昔からの大工の心意気と新しいことへのチャレンジ精神を併せ持つ高橋さん。これからもたくさんのお客様の夢づくりと笑顔のお手伝いをされていくに違いありません。