職長さんこんにちは/第22回三和土木工業(株)/鈴木道夫氏 (聞き手:(財)建設業振興基金 関矢良子)

鈴木道夫 氏
▲鈴木道夫 氏
 あけましておめでとうございます。おかげさまで「職長さんこんにちは」も2回目の新年を迎えることができました。2003年第1回目の職長さんは,台東区に本社がある三和土木工業(株)の鈴木道夫(すずき・みちお)さんです。鈴木さんは現場経験34年のとびのベテラン職長です。
 第6回(平成9年)の建設マスターの受彰者であり,お父さんも同じお仕事をしていたという親子2代のとび職人。新年にふさわしいとても明るく元気な職長さんです。楽しいお話をたくさん聞いてみたいと思います。



★気がつけば34年
 このお仕事に入られたきっかけを教えてください。
 実は父もこの三和土木工業に務めていて,子どもの頃は父の仕事でいろいろな現場の宿舎で生活していました。いつも現場の仕事を見ていましたので,自然とこの仕事をしようと思っていましたね。決め手は,高校3年生の時にアルバイトとしてお手伝いをしたことだと思います。学校に行く日より,現場に行く日のほうが多くなってきて,卒業も危なくなっていました(笑)。卒業後はこの道一筋です。気がついたら34年もこの仕事をしていました。
 30年以上続いているということは天職だったのかもしれませんね。
 他の仕事をしたことがないですから,果たして自分に一番あっていたのかどうかと聞かれるとわからないですね。ただ,この仕事は体を使いますし,仕事の段取りなども現場や条件が変われば,いろいろと考えなくてはいけません。そういうところはとても面白いし,やりがいもあります。現場で仕事をはじめた時は父と一緒だったのですが,本当によく怒られました。家にいる時はいつも笑顔で優しかったので,ビックリしましたね。その時に現場の仕事は厳しいものだと改めて感じました。
 普段の仕事内容は?
 とびの仕事は足場を組むことですから,一番最初から最後まで現場にいます。自分たちの身はもちろん,他の業種の職人さんたちの安全についても任されていますから,常に注意をはらっています。職長としては,仕事の段取りなどの工程管理の仕事をしています。職人の配置については,適材適所で作業にあった職人の配置や一人ひとりの性格や他の職人との相性も考えて,効率がよくなるよう心がけています。
 あとは安全管理がとても大事な仕事のひとつです。安全面については,一番気を使っています。もし事故にあって大きなケガなどをしたら,職人の人生が台無しになってしまうこともあります。人ひとりの命や人生がかかっているわけですから,細心の注意を払わないといけないといつも思っています。特にとびの仕事は高所での作業が多いですから,常に注意をするよう職人たちにも声をかけています。
 長い経験の中でどこか印象に残っている現場はありますか?
 今はなくなってしまいましたが,後楽園球場です。自分が仕事を始めたばかりの時で,初めて担当した大きな現場です。形も普通のビルとは全然違いますし,建設当時はとても注目されていましたから,力が入りました。ですから,取り壊しが決まった時は本当に寂しかったですね。やはり,自分がつくったものがなくなってしまうことはつらいものです。

★なくなってしまう寂しさ
 仕事をしていて一番うれしいと感じる時はどんなときですか?
 自分が考えたとおりに仕事が進んで,とてもうまくいった時ですね。思ったとおりの足場ができると現場に行っても気持ちがいいんです。でも,その逆に気にいらない仕上がりになっていると毎日現場に行くのが憂鬱で……(笑)。やっぱり毎日楽しく仕事に行きたいですからね。
 あと,自分でつくったものが,いつでも見られるのがうれしいです。ただ,さきほどの後楽園球場みたいになくなってしまうものもあります。昔は小さい現場も担当していましたから,そういうところも今はもうないかもしれませんね。やはりなくなってしまうのはとても寂しいことです。自分のつくったものはいつまでも残っていてくれるとうれしいですね。
 建設マスターを平成9年に受彰されていますが,何か心境や仕事に対して変化はありましたか?
 実は義理の弟が造園業をしていて,私がいただく2年くらい前にやはりマスターを受彰しているんです。新聞に名前が載ったりしてすごいななんて思っていたら,今度は自分だったのでビックリしましたし,半信半疑で『本当に自分なのかな』と思いました。マスターになってから,もう5年くらいになりますが,以前に比べてとても慎重になった気がします。それまでも安全面には気を使っていましたが,それ以上にいろいろと考えながら作業するようになりました。マスターとして恥じない仕事をしたいという思いからなのですが,気を使いすぎて気持ちが休まりませんよ(笑)。
 
りょうこのひと口メモ
◎建設業の華「とび」
 『火事とけんかは江戸の華』−江戸の町をあらわす言葉として大変有名です。江戸時代には数多くの種類の職人がいましたが,そのなかでも「大工・左官・鳶」は花形職人としてもてはやされていたそうです。特に「鳶」の職人は,火事の時には火消しとして大活躍。派手な衣装に身をつつみ,火をおそれず纏を振る姿は女性達にも大人気だったようです。
 現在でもとびのお仕事は建設業にはなくてはならない花形の業種です。高い所を身軽に移動し,足場を組んでいく姿は江戸の火消しに負けないくらい勇ましいと思います。

★「絵」になる足場
 三和土木工業さんの会社の魅力を教えてください。
 うちの会社はいろいろなところで本当に社員に対して優しいですね。この業界はどうしても保険などの保障の面などは不十分になりがちですが,本当にしっかりしていますので,安心して仕事に打ち込めます。保障がしっかりしていると家族も安心していられますし,会社にはいつも感謝しています。
 ストレス解消法は何ですか?
 趣味は釣りなんですよ。中禅寺湖のヒメマス釣りが好きで4月に解禁になるのですが,毎年その日が待ち遠しくて仕方ないです。キャンプも好きでまとまった休みがとれるときは行っています。あと,最近は孫のために木でおもちゃを作っています。遊んでいてケガなどしないよう,なめらかな手触りになるように丁寧に仕上げています。仕事では木を扱うことはありませんが,やはり木にはぬくもりみたいなものがあっていいですよね。
 あと,ストレス解消としては大きい声を出すことです。現場ではなるべく怒鳴ったりしないように心がけていますが,時々大きい声を出したくなる時があるんです。誰でもそういう時があるのではないでしょうか。現場は大きい声を出しても,他の音がうるさいから目立たないし,気分転換になっていいですよ(笑)。
 最後に今後の抱負をお聞かせください。
 おもしろい建物をやりたいですね。高層のビルもやっててやりがいはありますが,ずっと同じ作業の繰り返しにどうしてもなってしまうので,あまり自分なりの工夫ができなくてつまらないです。変わったデザインの設計だと,自分なりにこういう足場はどうだろうと考えることができるので毎日現場に行くのが楽しいんですよ。あと,ただ足場を組むのではなく見た目がキレイで絵になるものを作りたいですね。ものづくりに共通して言えることだと思うのですが,ごついものってキレイに見えないんですよ。どこか繊細な感じの工夫があるものってやはり誰が見てもキレイに見えると思います。普通に足場を組むのではなくて,例えば少し角度を変えてみたり,すこしアーチをつくってみたり。
 現場での仕事は何事もなく安全に作業を終えることが一番大切だと私は思っています。『今日も無事に終えられた』という安心感を毎日毎日得られるように,これからも一つひとつの作業を着実にこなしていきたいと思っています。


◎取材を終えて
関矢良子さん 台東区の三和土木工業さんは,地下鉄の駅から少し歩いたところにあります。それまでの人通りの多さやにぎやかさは全然感じられない,とても静かなところです。事務所にお伺いすると,みなさんとてもにこやかな笑顔で迎えてくれて,鈴木さんが会社がどんな面においても優しいと言っていた言葉にとても納得できました。
 鈴木さんが担当した現場は,印象に残っているとお話していた後楽園球場をはじめ,誰もが知っているような大きなものばかりです。近くを通りかかったりすると,『あの時は楽しかったな』とか『苦労して大変だったな』と懐かしむそうです。でも,どちらかというと楽しいことのほうが多く思い出されるそうです。それは鈴木さんが本当に仕事を楽しくしようと明るい現場づくりを心がけているからだと思いました。(ちなみに,取材中のお話もすごく楽しくて,笑い声が絶えなかった気がします。)
 「絵」になる足場を作っていきたいと話す鈴木さん。職人とアーティストをあわせもつひと味もふた味も違う職長さんです。